『宮大工棟梁・西岡常一 「口伝」の重み』(日本経済新聞社)(〇)
日経新聞の私の履歴書をまとめた一冊です。法隆寺、薬師寺などの国法の大改修を何度も手掛けてきた著者。宮大工の世界で祖父・父から伝承される技術が書面ではなく、口伝でなされている事実。本質を言葉で伝える大切さを学ぶことができます。
(印象に残ったところ‥本書より)
〇小学生から現場で仕事を手伝っていた著者を父は工業学校へ進ませようとしたが、祖父の強い意志により農学校へ行くことになった。「人間も木も草も、みんな土から育つ。宮大工はまず土のことを学んで、土をよく知らんといかん。父を知って初めてそこから育った木のことが分かる」
〇教科書以外の本も買って勉強して臨んだ稲作実習。祖父は、取れ高に対し、「普通の農民ならもっと取れる。お前は稲を作りながら稲と話し合いをせずに、本と話し合いをしていた。稲と話し合いをできるものなら、窒素・リン酸は知らなくても、今、水を欲しがっているとか、今、こういう肥料を欲しがっているということが分かる。本と話すから、稲がいうことをきかない」。木と話し合いができなかったら、本当の大工には慣れない、木と話すとはこういうことかと、体得した(著者)。
〇大工になって、やかましく言われたのは、行儀作法。法隆寺には世界中の人がやってくる。そこに棟梁も呼び出される。「だから行儀作法はきちんとせなあかん」。
〇あんま口伝。夜、祖父の体を揉むのが20歳のころまで日課になっていた。「どこそこの瓦は土が上等や」「木というものは土の性によって質が決まる。山のどこに生えているかで癖が生まれる。峠の木か谷の木か、一目見てわかるようにならなあかん」「いつも小股で張りつめた動きをしなければ、いい大工になれない」。あとで帳面に記録したりせず、すべて聞き覚えた。
〇「堂塔の建立には木を買わず山を買え。」「あちこち混ぜて使ってはいけない。気は土質によって性質が異なる。」「堂塔の木組みは木の癖組み、木の癖組みは工人等の心組み、工人等の心組みは匠長が工人等への思いやり」
〇「棟梁は多くの職人と仕事をする。心を知るには、その人たちの生活や苦労も理解できねばならぬ。人の非を責める前に自分の不徳を思い出せ、大勢の前で人を叱りつけたりしないこと」
〇適材適所:「木は生育の方位のままに使え」。気はねじれ、反る。生育の条件によりまちまち。木の癖を見抜き、簡単に言えば、右に反る木と左に反る気を組み合わせて、力が相殺されるように用いる。口伝にいう「堂塔の木組みは木の癖組み」であった。木の自然の環境をいじくらず、そのまま活用する。それが、寸法や規格に従って切っては絶対にできない美しいバランス構造を生み出す。
〇「棟梁を継ぐなら少なくとも国公立の工学部へ行って、建築に関しては知らんことがないというくらいに、木工から土木工学に至るまですべて精通してこい。でないと、文化財の修理とか保存は学者さんとのお付き合いが多い。設計委員会なんかで先生方と議論が対峙したときに、論破できへんやろ」
〇「いったんは頭に叩き込んで知る。で、それを捨ててしまう。学問ほど人間を毒するもんはない。学問に縛られたら、それ以上の人間の成長もない。ただし、無知はバカと一緒。知ったうえで、捨てなさい」
全くの予備知識ですが、「宮大工」って言葉は、江戸時代までは「寺社番匠」と呼ばれていたのが、明治初年の神仏分離令に伴って寺を神社の上に置く呼び方を改めて、「宮大工」と呼ばれるようになった、比較的、新しい言葉なんですね。
本書では、匠の世界の独特なものではなく、システム化が進展し、情報が溢れる中だからこそ、物事の本質を伝えていく大切をあらためて認識することができました。
宮大工棟梁・西岡常一「口伝」の重み (日経ビジネス人文庫 オレンジ に 2-1)
- 作者: 西岡常一
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
- 発売日: 2008/09/01
- メディア: 文庫
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