MBA男子の勝手に読書ログ

グロービス経営大学院を卒業したMBA生の書評と雑感。経営に関する基本書、実務書のほか、金融、経済、歴史、人間力、マネジメント力、コミュニケーション力、コーチング、カウンセリング、自己啓発本、ビジネススキル、哲学・思想など、幅広い教養を身につけ、人間性を磨く観点で選書しています。

上杉鷹山の経営学(童門冬二)

 『上杉鷹山経営学』(童門冬二)(〇)

 企業家リーダーシップDay4の『代表的日本人』の一人として取り上げられた上杉鷹山。本書は、上杉鷹山を経営の観点からまとめています。童門さんの著書『小説 上杉鷹山』は上下巻でボリュームがあるので、とりあえず要点を知りたいということなら、本書がお勧めです。小説のほうは、純粋に歴史小説として楽しめます。

 

上杉鷹山(1751~1822)

 秋月家江戸一本松邸に誕生。1759年上杉重定と養子内約。1767年襲封、1769年米沢へ初入国(19歳)。藩収入の90%が人件費という破綻寸前の米沢藩の改革を成功させた江戸時代屈指の名君。

 

(前書きから抜粋‥本書より)

〇経営改革というものは、単に赤字をゼロにすることではない。改革を進めるには、人づくりが大切。人づくりを無視した改革は成功しない。

⇒品物を使う側や、サービスを受ける側の身になったとき、我々が差し出すものは、果たして満足を得ているのだろうか。もっと注文があるのではなかろうか。しかしそういうことを行うにつけても、やはり人が問題。人が育たなければ、そういうことも不可能になる。

 

〇顧客に対するサービス精神を何よりも経営の根幹に置くべき。

⇒大名や家臣のために地域住民が存在しているのではない。逆に、地域住民のために大名やその家臣が存在している。国民や地域住民のために、役所や役人が存在する。

 

〇絶望的な職場は譬えてみれば冷えた灰。しかし、その灰の中をよく探してみれば、必ずまだ消えていない小さな火種があるはず。その火種はあなた自身。その火を他に移そう。つまり、灰のような職場でも、火種運動を起こせば、必ずその職場は活性化する。そして、その組織は生き返る。「やる気のある者は、自分の胸に火を付けよ。そして、身近な職場でその火を他に移せ」

 

(印象に残ったところ‥本文より)

〇改革を妨げる壁

①制度の壁

②物理的な壁

③意識(心)の壁 ⇒特に壊すべきは、心の壁。

 そのために・・・

①情報はすべて共有

②職場での討論を活発にする

③合意を尊重する

④現場を重視する

⑤城中に愛と信頼の念を回復する

 

〇人材登用

 職場の問題児を登用。トラブルメーカーのほうが、イエスマンよりよほどパワーを持っている。

 

〇産業の育成

 「米沢ではこれから、米作のほかに漆・楮(こうぞ)・桑などを植えて、その原料からいろいろな品物を創ろうではないか。小千谷縮米沢藩が産出する青苧(あおそ)を原料としている。問題は技術者がいないこと。小千谷縮の織り手を家族ぐるみで数家招くこと。それも高い報酬を払え。技術指導に高い報酬を払うのは先行投資」

 

〇役所の業務改革

 「文章などというものは、就職後に労を費やすのではなくて、いつ、どこで、誰が、何のために、何をしたという五つの要点が備わっていればそれでよい。美しく飾る必要はない。不要の組織は廃止せよ。仕事の無い藩士は、強いて朝決められた時間から夕方決められた時間まで城に勤務する必要はない。

 

〇鷹山が藩士に話したこと

・何がしたいか →理念・目的の設定

・どこまで出来るか →限界の認識

・なぜ出来ないか →障害の確認

・どうすれば出来るか →可能性の追求

 そのために、

①情報の共有

藩士全員参加

 

〇国内産業の活性化と藩士のこころ

藩士による小野川開墾では、人のために尽くすということが、いかにその生きがいを強く成り立たせるかを藩士自ら鍬を振うことで実感させた。同時に農民がいままで苦労に苦労を重ねて収めてきた年貢がいかに血と汗と脂の所産であるかを知らせた。鷹山の改革は生きた学問であった。

 

  上杉鷹山といえば、人の心を火鉢の火種に喩えた、全員参加型の改革。火がついた人から他の人へ火種を移す。火が付きにくい炭も湿った炭もやがては火が移るはず。養子として19歳で初入国し、藩士の考え方を変えるという難題に折れずに取り組んだ姿はまさしく名君ですね。

上杉鷹山の経営学―危機を乗り切るリーダーの条件 (PHP文庫)

上杉鷹山の経営学―危機を乗り切るリーダーの条件 (PHP文庫)

 

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