『中江藤樹の生き方』(中江彰)
企業家リーダーシップDay4の課題図書、『代表的日本人』(内村鑑三)の一人として紹介された中江藤樹(1608~1648年)。現在の滋賀県高島市に生まれ、やがて日本の陽明学派の祖と呼ばれる中江藤樹の生き方をコンパクトにまとめた一冊です(全75ページ)。
■ひとことまとめ
善因善果、悪因悪果。当たり前だと思うことを真面目に実践すること。
(印象に残ったところ‥本書より)
〇『大学』冒頭の「明徳を明らかにすること」が学問の一番の目的
17歳で買い求めた『四書大全』。『大学大全』を熟読玩味すること百遍に及んで、初めて深意を悟ることができ、そのあと『論語』『中庸』を読んだところ、すべて難なく理解できた。
(藤樹のことば)
・学問の道は「明徳を明らかにする」の一句に説き尽くしている。
・世の中の学問が、大学の道と異なっているときは、異端であり、曲学であり、俗学にほかならない
・聖人が天下の人々に教えをほどこし、学者が学問を修めるその源は、ただ明徳を固有するがゆえん。したがって、「明徳を明らかにする」という明徳の名をもって、学問の根本綱領を示すのである。
〇明徳をくもらす原因
目に見て、耳で聞いた様々な外物を追い求めて利欲の心がはたらき、さらに意必固我という循環してやまない我執の心に深く汚染されて「直き心」を失った心の偏りにある。明徳をくもらせてしまうと5つの症状が現れる。
①習心(育った家庭環境によって身についたクセ)
自分の願望をとにかく外物に求めようとする心の働き
②好悪の執滞(好き嫌いという自己中心の感情に執着して抜け出ようとしないクセ)
大人の判断ができない
③是非の素定(物事の良し悪しをよく理解しようとせず決めつけるクセ)
平生から視野が狭く頑強になる
④名利の欲(世間の名声・高位高官、金銀珠玉が一番の宝と信じ獲得しようという心の炎)
自分より上位にある人がいれば、必ず妬みの心が生じる
⑤形気の便利(人より優れた才能や特技を持っているがゆえのクセ)
優越心がかえって災いとなって人を見下げたり、ばかにしてしまう
〇善因善果、悪因悪果
(藤樹のことば)
善を為すは耕耘のごとし。当下の穀を得ざるといえども、必ず秋実を得る。悪を作すは、鴆種(ちんしゅ)を飲むがごとし。即席の燕楽を得るといえども、かならず死期来る。
→善行というのは、あたかも汗水を流しながら苦労して、田畑を耕すようなもの。すぐに穀物を収穫できないけれども、秋になれば必ず実りとなり、自分の口に入る。それに対し、悪行は、毒入りの酒を飲んでいるようなもので、すぐさま酔って歓楽できるけれども、毒が体中にじわりじわりとまわって、必ず死期が早まる。
〇藤樹が村民に教えていたこと
・親には常に真心をもって仕えること
・家の主人は、大切にすること
・どんな理由があろうとも、人の物を取ってはいけない
・人に危害を及ぼしたり、人の財産をだまし取るなど、人間としてあるまじき行いをしてはならない
現代人が聞けば「それは当たり前」と感じる善行を説いた中江藤樹。17歳で『四書大全』を買い求めるところからしてすごいですが、聖人と呼ばれるのは、戦国時代が終わりを告げた直後というまだ安定しない時代背景の中で、善行を突き詰めて考え、人々に伝え、自らも実践したことかもしれません。