第8巻「危機と克服」。紀元68~97年までの29年間に皇帝に就いた7人、ガルバ、オトー、ヴィテリウス、ヴェシパスアヌス、ティトゥス、ドミティアヌス、ネルヴァの苦悩と悲嘆に埋め尽くされた時代が描かれています。敵との間に繰り返された残虐な戦闘、同胞間の不和と反目、属州民の反乱、ヴェスヴィオ火山噴火によるポンペイ等の埋没、首都ローマの大火、古来の神殿破壊・・・散々な時代です。
(印象に残ったところ‥本書より)
〇ガルバ(68~69年)
・72歳で皇帝就任。慣例のボーナス配付を怠り、協力者ナンバーワンにガルバ支持を最初に表明した選ぶべきオトーを選ばず、多くの支持者を失い、暗殺される。
〇オトー(69年)
・ドナウ河防衛7個軍団がオトーを支持。ライン軍団を率いるカエキーナと武力衝突し、ポー河死守の要であるピアチェンツァを堅持したが、その後勝機を逃し、形勢逆転オトーは自死する(第一次ベドリアクム戦)。
〇ヴィテリウス(69年)
・オトー側の中堅以下の処遇で致命的な誤りを犯す(オトー下で戦った百人隊長を死刑、近衛軍団兵を退職金等の配慮もせず解雇し、自身の支持勢力ライン軍団を起用)。
・復讐に燃えるドナウ軍団と復讐の理由を与えたライン軍団が激突し、復讐に燃えるドナウ軍団が勝利(第二次ベドリアクム戦)。ヴィテリウスは殺害される。
〇ヴェシパスアヌス(69~79年)
・財政再建で最も有名。増収策として、国勢調査(税金の確定申告の色合いが強い)国有地の借地料収入の見直し。
・「皇帝法」成立。皇帝には不適格と思われた場合でも、不信任はできないと明記された。不信任、当時のローマで言えば弾劾裁判の権限を奪われた元老院にとって、もしも皇帝位にあるものが皇帝に不適格となった場合に残された手段は暗殺しかなくなる。
・長男ティトゥス、次男ドミティアヌスにカエサルの称号を与え、皇位後継者を明確化。
〇ティトゥス(79~81年)
・ティトゥスくらい良き皇帝であろうと努めた人もいなかった。この善意溢れる皇帝の知性は度重なる大災害で彩られる。
・ヴェスヴィオ火山大噴火(79年):ポンペイ、現エルコラーノをはじめとするナポリ湾東部の海沿い一体の諸都市が埋没。
・ローマノ都心部を大火が襲う(80年)
・イタリア全域に疫病発生(81年)
〇ドミティアヌス(81~96年)
・ネロ、カリグラと合わせて「記録抹殺刑」に処された。
・兄ティトゥスの突然死により統治に必要な実務経験もなく皇帝就任。軍事の経験は全くなし。
・110年ぶりに兵士の給料を値上げ。
・ライン河、ドナウ河の上流域に「リメス・ゲルマニクス」と呼ばれるゲルマニア防壁を構築。二大防衛性が相互に連絡を取りつつ効率的に防衛できるようになった。
・ダキア族との戦闘でドミティアヌスの戦闘経験の欠陥により緒戦は勝ったが第二戦で大敗。平和協定を締結し捕虜になったローマ兵をを買い戻すこととしたが、ローマ人にとっては、自分たちの平和をカネで買うのは、たとえそれが象徴的な額にすぎなくても、飲み下すことができなかった。
〇ネルヴァ(96~98年)
・ネルヴァから始まる5人の皇帝は「五賢帝」と呼ばれる。
・70歳で皇帝に就任したショートリリーフ。
・高地ゲルマニア防衛担当の軍司令官であったトライアヌスを養子に迎え後継者、共同統治者に指名。
波乱の時代ですが、波乱は波乱で、一人ひとりの個性や統治スタイルに特徴があり興味深く読めます。また、前皇帝が突然死した場合の次の皇帝が統治を軌道に乗せる難しさも感じるところです。後継者を指名して、共同統治を行い、引き継いでいくスタイルがスムーズな承継に繋がるのは、企業経営にも通じるところがあると思います。