昭和30年、産経新聞社の記者であった司馬遼太郎さんが、本名、福田定一名で刊行した『名言随筆サラリーマン ユーモア新論語』を原本として復刊された本書。時代背景特有の記載もありますが、「あれ?今も全然変わらないんじゃ?」という視点もたくさんあります。古今東西の金言名句と司馬遼太郎さんの視点、さらっと読めて、おもしろい内容でした。
(印象に残ったところ‥本書より)
〇武士とサラリーマン
この本で日本のサラリーマンの原型をサムライに求めた。徳川幕府の平和政策は、いちように彼らをサラリーマン化してしまった。平凡な俸禄生活者としての公務員に甘んじさせるために何らかの”サラリーマン哲学”が要った。
〇益なくして厚き禄をうくるは窃(ぬす)むなり(大江広元座右訓)
いわば武士は現業員であり、広元らは事務所のホワイトカラーであったわけだが、武技も兵力も持たないホワイトカラーにとっては、その地位を保持するためにはシステムのために役立つという以外になかった。人生訓であったと同時に保身訓でもあった。
〇秩序の中の部品
秩序を尊重する精神がなくてこの職業は成立するものではない。もともとサラリーマンという職業は秩序の中にのみ存在している。部品らしく安穏に生きようと思えば、それぞれの職場のルールを通した方がよかろう。サラリーマンの職業的バックボーンはあくまで規律にある。
〇人の一生は重荷を負ふて遠き道を行くが如し。急ぐべからず。不自由を常と思へば不足なく、心に望みおこらば困窮したる時を思ひだすべし。勘人は無事長久の基。怒は敵と思へ。勝つ事ばかりを知って負くる事を知らざれば、害その身に至る。おのれを責めて人を責むるな。及ばざるは、過ぎたるより優れり(徳川家康遺訓)
→よきサラリーマンは家康型。秀吉はサラリーマンにとってほとんど参考にすべき点がない立志美談型。信長はいわば社長の御曹司。家康は下級サラリーマンの味こそ知らないが、それに似た体験をふんだんに持つ苦労人。天下制覇ののちは、武士を戦士から事務官に本質転移させ300年の太平を開いたいわばサラリーマンの生みの親みたいな人物。
〇人生意気に感ず(魏微)
生涯に一、二度ぐらいは利害を超えてモロハダをぬぐといった壮気を内蔵していることは、サラリーマンともすれば堕入りがちな人格の卑小化を食い止める意味からも大事なことに違いない。
〇私は一生涯、一日の仕事も持ったことがない。すべてが慰みであったから(エジソン)
こういう境地になれば人生はどれほど楽しいか、恐らくサラリーマンにとっては憶測もできぬ悦楽だろう。サラリーマンの仕事に対する姿勢は、それ自体をたのしむというよりも、それから付随してくる義務を果たすことに楽しみを見出すという形である方が、より自然と言える。
〇ある重役がいった。サラリーマンをみていると、次のようなことがいえると。二十で希望に燃えている者が二十五になると疑いをもつ。三十でそれが迷いになり、三十五であきらめる。会社を辞める年齢は大体三十から三十五の間だ。四十になると保身に専念し、四十五になると慾がでる(評論家 松岡洋子)
〇恒産無ケレバ恒心なし(孟子)
財産を持っている人は、精神が安定している。恒心つまり平常心とは、熱くも冷たくもない水に浸っている精神。商人も芸術家も政治家も、日々が個人の浮沈をかけた闘争なのだが、ただサラリーマンだけがフヤけたままでも暮らすことができる。もし人生に余計な野望をもたず、フヤけることに安住感をもてるとすれば、それ以上の幸福はないからだ。
〇四十歳を過ぎた人間は、自分の顔に責任を持たねばならぬ(リンカーン)
青少年時代の顔は、生れ出た素材そのままの顔だ。持ち主の責任はどこにもない。ところが老いるにしたがい、品性その他すべての精神内容が、その容貌に彫塑のノミを振い出す。
〇笑いは、全人類の謎を解く合鍵である(カーライル)
魅力ある笑顔はサラリーマンにとって、多少の才能よりもはるかに分のいい天禄というべきだろう。
〇人生はいつまでも学校の討論会ではない(D・カーネギー)
議論好きというのは、サラリーマン稼業にとって一種の悪徳である。本人は知的体操でもやっているつもりかもしれないが、勝ったところで相手に劣敗感を与え、好意を失うのがせいぜいの収穫というもの。
〇われらは、理論の動物を扱っているのではなく、感情の動物を扱っているのである。しかしその動物は偏見に満ち、誇りと虚栄心に燃えている動物である(D・カーネギー)
要するに、批評、非難、叱責という行為は、上下のいかんにかかわらず、すべての職場人に対して避けたほうがいいということ。
〇聞き上手の美徳
沈黙は下の下、能弁は下、聞き上手は上というのがサラリーマンの会話技術上の心得ごとにして間違いはなかろう。
〇先輩からは知恵を、後輩からは感覚を汲むがよい(西諺)
〇老年の悲劇は、彼が老いたからでなく、彼がまだ若いところにある(ワイルド)
含蓄に富んだことばの数々。根本的な考え方は、今の時代にも通じ、まるで諭されているようです。人間の持つ時代を経ても変わらない本質と、働き方という時代を経て変わるものの掛け算。どちらも自分なりに考え臨むことが必要と感じさせてくれる良書でした。