『物語としてのケア』(野口裕二)
カウンセリング月間を来月に控えた準備として読んでみました。本書は、ナラティブ・セラピーを中心に臨床領域におけるナラティブ・アプローチの考え方とその実践を紹介し、それらがケアという世界にどのような新しい視界を切り拓くのかを検討することを目的に書かれています。「言葉」が思考や行動に与える影響について、改めて考えるきっかけになる一冊です。
(印象に残ったところ‥本書より)
〇ナラティブ・アプローチとは
・臨床を「語り」と「物語」という視点から眺め直す方法。
・ナラティブ・アプローチが主張するのは、私たちの思考や行動がいかに言葉によって規定されているかということ。精神論と技術論の対立、そして、主観主義と客観主義の対立はその一例。そうした言葉の枠組みに縛られて、私たちの思考や行動は大きく限定されている。そこをいかに突破するか、そのための工夫がナラティブ・アプローチ。
〇物語と現実
・私たちは、ある事件を一つの「物語」として理解できたとき、その事件を理解したと感じる。「物語」という形式は、現実にひとつのまとまりを与え、了解可能なものにしてくれる。「物語」は現実を組織化し、混沌とした世界に意味の一貫性を与えてくれる。逆に言えば、現実がよく理解できないときというのは、適切な物語が見つからない状態だということ。物語は現実を組織化する作用を持っている。
・科学的世界が描き出すのは、「必然」の世界。これに対し「物語的説明」は「偶然」の要素をふんだんに取り入れることができる。たまたま何かに出会った、それは偶然としか言いようがないのだが、その偶然が次の偶然を呼び、事態は展開していった。そんな説明が可能になる。
・必然の論理だけでは説明できない何かを説明してくれるもの、それが「物語」。つまり、「物語」は、単独の言葉だけでは表せない事態の繋がりを表現してくれる。
・ケアという行為は、そうした科学的説明が及ばない部分、そこから漏れてしまう部分を視野に収めなければ成り立たない。
〇実践1「外在化」(ホワイト/エプストン)
・「問題のしみ込んだストーリー」に着目し、同時に、そこからこぼれ落ちる「ユニークな結果」に着目する。
・「ドミナント・ストーリー」(人生を制約する物語、人生の下敷きとなるような物語)と「オルタナティブ・ストーリー」(ドミナント・ストーリーの外側に汲み残されたユニークな結果となるストーリー)
⇒ある状況の中で「支配的な物語」があるとき、それ以外の物語を思いつくことは困難であり、また、たとえ思いついたとしても、なかなかそれを信じたり、皆で共有することは難しい。難しいからこそ、ドミナント・ストーリーの支配はますますゆるぎないものになっていく。
・テクスト・アナロジー
問題解決の第一歩は原因の特定にあるというのは確かに真理。しかし、それはあくまで、機械や有機体についての真理であって、人の人生の問題や人間同士が織りなす関係にそのまま当てはまる保証はない。そうしたやり方で解決できる問題もたくさんあるだろうが、「原因探し」では一向にらちが明かず、むしろ余計に問題をこじらせる例があることも事実。
〇実践2「無知の姿勢」(グーリシャン/アンダーソン)
・「専門家の専門知に基づくナラティブ」を問題にし、「いまだ語られなかったストーリー」を聞こうとする。
・問題を明らかにしたり、その解決策を探るのではなく、お互いを探索するための対話の領域を広げること、促進することがセラピストの仕事。
・「無知」とは、セラピストの旺盛で純粋な好奇心がその振る舞いから伝わってくるような態度ないしスタンスのこと。話されたことについてもっと深く知りたいという欲求を表すもので、常にクライエントに教えてもらう立場のこと。
・無知の姿勢は、「ワンナップ・ワンダウン」(一段上・下)の関係ではうまくいかないケースに焦点を合わせている。
・「わかりあえなさ」の原因は「わかろうとしない」姿勢にある。「自分は何も知らない」「もっとよく知りたい」「教えてもらう」という姿勢で質問すればよい。それが「わかりあえなさ」を解決する出発点となる。
・「いまだ語られなかった物語」を語ることが、新しい「自己物語」を生み、新しい「自己」を構成していく。
〇実践3「リフレクティング・チーム」(アンデルセン)
・「専門家同士の会話におけるナラティブ」を問題にし、「クライエントに聞かれているナラティブ」を実践する。
・自分が観察されている側にいる限り、自分の抱えている問題から離れることはできない。「当事者」であることから降りることはできない。しかし、観察する側に回ることによって、一時的にせよ「当事者」から降りることができる。
いずれのアプローチも、その後の会話においては、会話の内容や方向を専門家がリードせずに、自由な会話、自由なナラティブを発展させていく点が共通している点。ストーリーには惹きつけられるという人間心理は、そこに興味が湧くことや納得感が得られることなんだと思いますが、それがプラスに働くときと、制約になるなどマイナスに働くときがあり、そこを意識しながらアプローチを変えることが、新たな発見につながるという、とても興味深いテーマでした。この分野は、今後掘り下げていきたいと思います。
物語としてのケア―ナラティヴ・アプローチの世界へ (シリーズ ケアをひらく)
- 作者: 野口裕二
- 出版社/メーカー: 医学書院
- 発売日: 2002/06/01
- メディア: 単行本
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