『なぜ戦略の落とし穴にはまるのか』(伊丹敬之)(◯)
タイトル通り、戦略の落とし穴についてまとめられた良書です。伊丹教授の本は、過去に読んだ本もそうですが、文章がわかりやすく読みやすいので、スーッと読めてしまいます。38年近く経営戦略の研究を重ねられてきた経験から、戦略を作る人がはまる穴が多くあることに気づかれ、その共通パターンが体系化されています。「性弱説」(著者の造語)、人は性善なれど弱し。性弱でありながら戦略を作り実行する人たちに向けた一冊です。
(印象に残ったところ・・本書より)
◯戦略失敗の3タイプ
①環境が想定と大きく異なってしまった
②戦略策定の際に落とし穴にはまって、いい戦略を作れない
③戦略の実行プロセスが歪む
◯戦略を策定するとは、何を決めることか
・何を決めれば戦略を決めたことになるのか、それが不明なために作られたものが戦略と言えないものになっている。
・戦略を策定するときには、3つのものを決めないといけない
①5年あるいは10年先の自社の「ビジョンと目標」
②5年あるいは10年先の自社(事業)の「ありたい姿」
③5年あるいは10年の間の「変革シナリオ」
→戦略というのは、「ありたい姿」と「変革シナリオ」がペアになったもの。
◯事業のありたい姿
・一般的には次の3つの基礎的な経営設計変数を描くものである。
①製品・市場ポートフォリオ(誰に何を売る)
②ビジネスシステム(そのために、どんな仕事の仕組みを作るか)
③経営資源(能力・資源)ポートフォリオ(その仕事をきちんとやれるように、どんな能力資源を持つか)
◯思考プロセスの落とし穴
①ビジョンを描かず、現実ばかりを見る
・ビジョンを描くことから戦略思考をスタートさせない人が多い。
・現状分析から思考をスタートさせ、結果として現実ばかりを見てしまう。
・「夢を冷静に見られる人」(リアリスティック・ドリーマー)だけが真の戦略家。
・ビジョンがないと、何もかもが気になって、何も決められなくなる。
・ビジョンの大きさが戦略を考える思考のスケールを決める。
・高い志と低い目線、相矛盾しがちな両方が共存することが多くの名戦略家に共通する特徴。
②不都合な事実を見ない
1)天秤での迎合
・天秤状態での最後の選択肢でつい甘えが出て周囲に迎合してしまう。
・周囲とは、自社内、業界、常識的見方という社会全体。
2)やぶヘビの回避
・さらに突き詰めると暗闇が待っている予感。
③大きな真実が見えない
・真実を見ようとする人の視野を大きく超えて広がるような「大きな真実」(長期的な需要動向など)が、大きすぎて見えないというパターン。
・見たいと思ってはいるが、視野狭窄のために見えるはずが見えないもある。
・大きな真実が不都合な真実に変わってしまう。大きな真実が見え始めているのに、それをあえて見ないようにしてしまう危険がかなりある。
④似て非なることを間違える
・戦略の内容を詰めるための思考のプロセスでの「考えの詰め方」。思考が曖昧であるためにハマる落とし穴、言葉が大きすぎるために思考が揺れ動く落とし穴。
・キーになる言葉の表現についての思考の曖昧さ。
・「競争相手」と「販売データ」がくせ者。競争相手の存在がもたらしがちな思考の歪みは、彼らの動きとそれへの自社の対応に目を奪われ、顧客満足ということが二の次になる危険。「目には目を」という力学、「ベンチマーク」の力学。
→同質化競争になり、チマチマした差別化ばかりになって顧客の満足が得にくくなる。
◯戦略内容の落とし穴
①絞り込みが足らず、メリハリがない
・戦略とは何かを選び何かを捨てること。ターゲットを決め、そこに戦略の焦点を絞り込むことが成功への第一歩。
・絞り込みの最大の理由は「絞り込みから外れた部分」への心配。絞り込みによって薄い部分が生まれることのデメリットは、目につきやすいから。
・絞り込み不足だと何が起きるか。
1)資源投入のターゲットの絞り込み不足。
2)ターゲット顧客を絞ったとしても、訴求ポイントを何にするかについての絞り込み不足。
3)技術が拡散してどんな技術に強い企業かわからなくなる。
②事前の仕込みが足りない
・仕込み不足の理由
1)仕込みは、地味なわりに資源やエネルギーを食うこと
2)事業チャンスを前にしての焦り
3)己を知ることの難しさ
・仕込み不足による一次災害のマイナスを取り戻そうとして、無理をすると二次災害が生じる。①資源の追加、②二回めの仕込み不足、③焦りにより墓穴を掘る。
③段階を追った流れの設計がない
・経営戦略とは、ダイナミックな事業活動のステップと段階の踏み方、その順序の設計がキモ。
・流れの設計という意識を強く持たないために、ハマってしまう典型的な落とし穴。
1)飛ばす:必要な段階をすっ飛ばす。落下傘のように既存事業から遠い新事業に進出するなど。
2)ケチる:重要な段階で十分な資源や努力の投入をしないで、ケチる。新製品のテストマーケティングを簡単に済ませてしまうなど。
3)避ける:安易に見えるルートをとってしまうこと。買収で海外での市場ポジションを買う・技術導入して新技術を手に入れるなど。
④正ばかりで、奇も勢いもない
・「戦略の基本は正、そこへ奇を加えると勝てる」(孫子)
・正と奇には順序がある。「正を以て合い」というところから始まり、その後で奇が出てくるからインパクトが大きい。
・奇や勢いを生かすための正の戦略は2つのタイプがある。
1)奇の戦略や勢いの戦略が成功できるための基盤、きちんと準備する事前の正。
2)奇や勢いで生まれるプラスを受け止め、その次の段階でさらにプラスを大きくするための正の戦略
⑤人間性弱説の戦略論
・誰も好んで落とし穴にハマるわけではなく、ついついハマってしまう。基本的な理由は、多くの人は「性弱」だから。「性善なれど弱し」。
・性弱だから目の前の現実に引きずられビジョンを描く勇気が出ない、性弱だから不都合な真実を見たくないと思う。性弱だから大きな真実にまで視野が広がらない、性弱だからついつい突きつめが弱くなり、似て非なることを間違えてしまう。
・現場の責任するのではなく、思考の落とし穴と内容の落とし穴の両方に戦略を策定する人間が十分に留意すること。戦略策定者が現場からの警報に真摯に耳を傾けること。
・朝令暮改を恐れてはいけない。
・戦略とは「切る」こと。人間性弱説の戦略論のおそらく最大のキーワードは、「切る」ということば。
かなり線だらけになりました。経営戦略本の基本を押さえたところで、事例本に行くも良し、本書のように問題点を認識する方向に進むも良し。戦略を立てる人と現場が離れているだけに起こりうることも多いはず。戦略を立てる人が現場を見、顧客を見、環境を見、そして意思決定したいところ、社内の関係者、経営陣に思考が偏ると本書のようなこと、特に性弱に基づく落とし穴にハマる危険が高まりそうです。