MBA男子の勝手に読書ログ

グロービス経営大学院を卒業したMBA生の書評と雑感。経営に関する基本書、実務書のほか、金融、経済、歴史、人間力、マネジメント力、コミュニケーション力、コーチング、カウンセリング、自己啓発本、ビジネススキル、哲学・思想など、幅広い教養を身につけ、人間性を磨く観点で選書しています。

現場から見上げる企業戦略論(藤本隆宏)

『現場から見上げる企業戦略論』(藤本隆宏)(◯)

 著者は、東京大学名誉教授でトヨタ研究の第一人者。私は、15年以上前に中小企業診断士の勉強をしていたときに、生産管理のテキストとして使った『生産マネジメント入門』Ⅰ・Ⅱでお世話になりました(生産管理を理解するには絶品でした)。本書は、数千箇所の製造現場を実際に見られている著者が、現場目線の戦略論を展開した一冊。日本のものづくりの強みやそれを現代でどのように活かしていくのかという観点で学びになる内容でした。

 

(印象に残ったところ・・本書より)

◯現場から見上げる戦後経済史

①戦後

財閥解体や航空機生産禁止など、戦後日本の危険な産業力を抑制する思考が強かった。ところが、冷戦の勃発により、西太平洋の鉄のカーテンのすぐ東隣に位置する日本は、西側諸国にとって戦略的な重要度が非常に高い国となった。

ソ連に対して、日本経済が弱体化し、社会が不安定化しては困ることから、日本を弱小国に長くとどめておこうとするアメリカの方針は一変した。

・国土が壊滅的な状態にあった中で、世界市場、前例が見当たらないほどのスピードで社会と経済が立ち直った背景には、地政学的な要因があったことを見逃してはならない。

②高度経済成長期

・海外移民を大量に受け入れる素地のなかった日本。出稼ぎもピーク時でも55万人に過ぎない。企業にとって人手の確保は切実であり、とにかく一旦雇った従業員に辞められては影響が大きい。再雇用のコストが高くつくので、一度雇った人材は大事に育てて手放さないという方針は、長期雇用が定着する一因となった。

・融通を利かせて複数の作業をこなす多能工が必要となった。多能工のチームワークを持ち味とする調整型の現場、つまりアメリカ(移民)や中国(農村地域→都市部)の分業がたの現場とは異なる協業型の現場が、多数同時発生的に生まれたのではないか。

多能工のチームワークで「良い流れ」を作る。これは現在も、日本の生産現場の競争力を支える得意技となっている。

③まとめ

・「戦後日本はすり合わせ型商品で競争優位を持ち、これを輸出する傾向がある」という命題は、分解すれば、

1)戦後日本には「不足の経済」など歴史的な経緯もあり、調整能力の高い統合型的現場が多い。

2)調整能力の高い現場は調整集約的すなわちすり合わせ型(インテグラル型)アーキテクチャの製品と適合的である。

3)ゆえに戦後日本はすり合わせ型アーキテクチャの製品で輸出競争力を持つ傾向があった。

・五分の一の賃金差ならば、物的労働生産性を5倍に高めることで労働コスト競争力は互角になる。賃金が三分の一の現場が相手なら、物的労働生産性を3倍に向上させれば良い。その目標がもはや無駄ではなく、十分達成可能なものであるということは、苦闘の二十年の間にひたすら能力構築を続けてきた日本の多くの優良現場が証明している。

 

◯「グローバル能力構築競争」と日本企業の勝機

・日本の本社の多くは、現場の長期的あるいは総合的な評価を苦手とする傾向がある

1)現場の「ものづくり組織能力」の測定が難しい

2)現場の「裏の競争力」である、リードタイム、生産性、品質、フレキシビリティなどの測定値を、企業の損益計算と連動させるのが難しい

・日本の本社が良い現場を理解し、支援するために(損益計算面)

1)国内外現場のコスト競争力を単に塊として捉えるのではなく、きっちり要因分解をして長期的に把握すること

→コスト競争力は、賃金率と物的労働生産性(個あたり工数)、材料単価と材料生産性(歩留まり)、設備単価と設備生産性などをかけて足すことで成立する

2)「物的労働生産性」への正しい理解

→物的労働生産性=設計情報転写の速度×密度(正味作業時間比率)

3)良い現場が構築されるには、経営者が「グローバル志向」と「現場志向」の2つの方針を同時に掲げること

→企業が利益確保と共に雇用安定を暗黙の努力目標とし、もって現場と経営者の信頼関係を確立しなければ、従業員の主体的かつ持続的な改善努力の形成は難しい。

・ビジネスホテルはモジュラー型寄り、高級旅館やリゾートホテルはインテグラル型寄りになる。「おもてなし」(つまりインテグラルなサービス)という言葉を持つ日本人にとっては、調整集約的なインテグラル型のサービス業は競争力の高い得意な分野と言える。

・「良い設計の良い流れ」をつくるには、旅館業のような接客サービス業の場合であれば、ものの流れの代わりに宿泊客の「経験の流れ」を考えれば良い。

 

 最近、改めて経営に関する書籍を読み進めていますが、特に戦略論の領域では、グローバルとデジタル化によって、考える範囲が広がり、より大きな観点から互いに影響しあっている複雑系に視野を広げていかないと、あっという間に時代が進んでしまう怖さを感じます。それにしても、日本の製造現場に蓄積された目に見えない資産が素晴らしいだけに、それをどのように活かし切るのか、大局的な見方とそれを活用する旗振り役が望まれているのだと思います。