MBA男子の勝手に読書ログ

グロービス経営大学院を卒業したMBA生の書評と雑感。経営に関する基本書、実務書のほか、金融、経済、歴史、人間力、マネジメント力、コミュニケーション力、コーチング、カウンセリング、自己啓発本、ビジネススキル、哲学・思想など、幅広い教養を身につけ、人間性を磨く観点で選書しています。

国運の分岐点(デービッド・アトキンソン)

『国運の分岐点』(デービッド・アトキンソン)(◯)

 著者は、元ゴールドマン・サックス金融調査室長。英国人ですが日本に30年以上住まれていて、小西美術工藝社の社長でもあります。本書は、日本の新しいグランドデザインを提唱する内容で、少子高齢化が加速し減る一方の労働者、増える一方の社会保障費用という中、日本の最大の問題は生産性が低いことであると指摘し、これからの人口減少社会で必要なことは、「中小企業崇拝」ともいうべき思想と決別すること、中小企業崇拝ともいうべき思想、「すべての中小企業を守る」「中小企業護送船団方式」というやり方が日本経済の低成長を招いていると結論づけています。いろいろな反論も出る内容ですが、議論の題材として多くの示唆がある一冊です。

 

(印象にのこっった所・・本書より)

◯人口減少の先進国

・日本の総人口は、2015年→2060年までに31.5%減少すると予測されている。

・15歳以上、64歳以下という生産年齢人口に目を向けると、42.5%も減少する。

 

◯生産性(一人あたりGDP

・日本:44,227$・・世界28位

・米国:62,606$

・ドイツ:52,559$

・英国:45,705$

・フランス:45,775$

 

◯2つのデフレ要因

①生産年齢人口が増えない

②生産性も低迷し続けている

→この20年間、先進国の賃金が1.8倍増加している間に、日本は9%減少。結果、GDPに占める給料の割合(労働分配率)が低下。労働分配率の低下は、典型的なデフレ要因。

→先進国の中でも際立って最低賃金が低い。人口減少で潜在的な消費総額は減少。需要が減るので売上を守るために値下げが行われ、利益が減るので、そのしわ寄せが労働者に行く。

・人口が減少しているにもかかわらず、人口が増加しているアメリカの真似で規制緩和をしたことで「賃金の低下」を引き起こした。

 

◯グランドデザインの骨子

①地方創生のための観光戦略

②特に人口減少によって消費されなくなる商品の輸出促進

③強い中堅・大企業数の増加促進

④経営者教育

⑤技術の普及による生産性向上

⑥デザイン性の向上

⑦女性活躍

社員教育

最低賃金の継続的な5%引き上げ

⑩全国一律最低賃金への移行

 

◯根本的な社会構造

・中小企業が多い。特に非常に小さい企業で働く人の割合が日本では異常なほど高い。

・大企業に働く労働者の比率が高くなればなるほど、その国の生産性が高く、中小企業に働く労働者の比率堅くなればなるほど、その国の潜在能力を無関係、無意味にするほど生産性に支配的な影響を与えるとまで言われている(最近の先進国の国別生産性の違いは、その国の企業規模構造次第という分析結果)。

・生産性が低い、女性活躍ができていない、少子高齢化年金問題、国の財政問題、少ない輸出比率などという日本経済の問題の多くは、「企業の規模が小さい」という病が引き起こした病状。

・競争力は圧倒的に高いのに、生産性は顕著に低いという、この矛盾について論理的に解説できた経済学者は、著者の知る限り一人もいない。しかし、ここに「小規模の企業で働く労働者の割合」という視点が入ると、これらの矛盾はものの見事に解説される。

 

◯「ゾンビ企業」主犯説

・生産性の低い理由を、経営破綻しているのに銀行や政府系金融機関からの支援などでどうにか生きながらえている、いわゆる「ゾンビ企業」に求める人も多くいるが、やはりこれもきわめて直感的で非論理的な発想だと言わざるを得ない。

・経営が成り立っていない「ゾンビ企業」が国から守られているということも、これはこれで深刻な問題ではあるが、統計的に影響を及ぼすことは証明されていない。日本の生産性はアメリカの70.6%しかないが、日本がアメリカに比べて、そこまで顕著にゾンビ企業が多いという事実もない。

 

◯1964年問題

・1964年は日本がOECDに加盟した年。日本人にとって長いこと「恐怖」の対象だった「資本自由化」がいよいよ本格的に日本経済へと組み込まれたターニングポイント。

・1963年に中小企業基本法が制定。これを機に日本の中小企業は手厚い保護のもとその数を爆発的に増やしていった。この「中小企業優遇策」ともいうべき法律は、1999年に「自立支援型」に改正されるまで36年間続いた。この36年間で「非常に小さい中小企業が多い」という日本の社会構造が確立され、その結果として生産性28位という産業構造が生まれたと考えるべき。

・高度経済成長期は、護送船団方式が日本経済の成長の要因とされたが、とにかく企業を増やしていくために競争を制限して、経営破綻を避けられるような環境整備や制度づくりに力を入れたことが、ミクロ企業の「成長」をさらに遠ざけた。

 

 本書では、さらに議論が続き、最低賃金を上げ、所得を増やしていく。そのためには、「規模の経済」が成り立つように、企業の規模を大きくしていく必要がある。そのためにこれまでの政策を転換していく必要があるという展開になっていきます。予想される反論に対するコメントも種々書かれており、興味深いです。感情的に好き・嫌いはあっても、現状路線の日本がどのようになっていくのか、国際比較という観点も踏まえて理解できる。しかも文章が非常に読みやすく、理解しやすいのも良い点だと感じました。