MBA男子の勝手に読書ログ

グロービス経営大学院を卒業したMBA生の書評と雑感。経営に関する基本書、実務書のほか、金融、経済、歴史、人間力、マネジメント力、コミュニケーション力、コーチング、カウンセリング、自己啓発本、ビジネススキル、哲学・思想など、幅広い教養を身につけ、人間性を磨く観点で選書しています。

日銀の責任(野口悠紀雄)

『日銀の責任』(野口悠紀雄

 日本の賃金水準が国際的に見ても低くなり、日本企業の生産性が低下の一途を辿っていく中、物価高騰と円安で日本と海外の賃金格差はさらに開くこととなった現在。本書はなぜこのような状況になったのか、ここから脱出するために何が必要か。低金利時代から脱却した金融政策がいかに運用されるべきかをまとめた一冊。著者の分析や深い知見が、これまでに起きたこと、これから何をすれば良いのかということを考える際にとても参考になる一冊でした。

 

(印象に残ったところ・・本書より)

◯第1章 ここまで弱くなった日本経済

・日本の賃金は、長期にわたって横ばい、ないしは低下を続けている。一人当たりGDPも横ばい。日本企業の競争力も低下を続けている。これらは関連しあった現象。

 

◯第2章 円安に襲われた日本の惨状

・物価高騰により実質賃金が低下。他方、資源関連企業は過去最高益。この状況は、労働者・消費者に税をかけ、その収入を大企業の補助金とすることと同じ。

・ドル表示の日本の賃金が低下すると、海外から人材が日本に来なくなり、高度人材が日本から流出する。

 

◯第3章 30年間の円安政策が日本を弱くした

・1980年代に中国が工業化し安価な労働力で生産した工業製品を世界市場の供給し始めた。日本は従来の産業構造を維持するために、為替レートを円安に導き、労働力の国際的な価値を安くする「安売り」戦略をとった。これにより製造業は一時的に復活したが、実際には、産業構造の改革と新しい技術開発が妨げられ、日本経済は長期的な停滞に陥った。

 

◯第4章 異次元緩和の本当の目的はなんだったのか?

国債を大量に発行してもマネーは増えない。仮に増えても物価は上がらない。この意味で異次元緩和が物価を引き上げられるかどうかは、最初から疑問。

・異次元緩和の本当の目的が物価ではなく、金利引き下げと円安だったと考えれば、すべてが整合的に理解できる。

・円安で増加したのは円表示の輸出額であり、輸出量も生産活動の実態も不変だった。企業利益は増えたが賃金は上がらなかったのは、このため。

 

◯第5章 急激な円安はなぜ起きたのか?

・日銀が長期金利を抑えていたため、円安が加速した。OECDが計算する購買力平価は1ドル=100円程度。

・物価が上昇したので、金融政策を以前と同じに保つには、名目金利の上昇を認めて、実質金利のマイナス幅拡大を抑える必要がある。今の日本で必要なのは、金利上昇を容認することによって、総供給曲線をシフトさせること。

 

◯第6章 矛盾だらけの経済政策

・物価対策で最も重要なのは、物価高騰の原因である円安を阻止すること。

・政府の物価対策は、原因である円安を放置して、結果だけに対処しようとしている。

 

◯第7章 行き詰まった異次元緩和

・日銀が金利を抑えるために取った措置は、日本の国債市場が鎖国状態にあるからこそ可能な、不合理で奇妙なもの。他方で、貿易赤字の拡大は、日本が海外からの投資に依存せざるを得ない日が来ることを示唆している。

 

◯第8章 日本経済は新しい段階へ

・粗利益増加額の半分を給与・賞与に回せば、5%台の賃上げが可能になる。しかし、企業は粗利益の増加が一時的なものと考えているため、賃上げに踏み切らない。賃上げは簡単な課題ではない。日本経済の活性化は金融政策ではできない。

 

◯第9章 新しい金融政策を日本再生の第一歩に

・まず必要なのは、物価目標の取り下げ。

金利抑制策の停止によって、金利市場の機能を回復させる必要がある。日銀は、通貨価値の維持という中央銀行の本来の使命に戻るべき。特に、円の対外価値の維持が必要。

・今後の日銀の金融政策は、自然利子率の概念を用いて運用されるべき。

 

 本書は、各章の最後に「まとめ」があり、書かれている内容自体は専門的で難しく感じるところもありますが、文章が非常に読みやすいので、あまり構えずに読み進めることができると思います。日銀総裁が交代になったこともあり、テレビでも日銀のニュースを見る機会も増えましたが、この機会に一度日銀の施策に目を向けるのも視座が高くなり、勉強になるなぁと感じました。