『理と情の狭間』(磯山友幸)
著者は日経新聞社を経て独立した経済ジャーナリスト。マスコミでも注目された大塚家具のお家騒動。公開企業でありながら、家族経営を続ける同社をこれまでに直接経営陣にインタビューした内容も織り込みながら、コーポレートガバナンスの観点から実に細かく描かれた一冊です。
会社を公器として、上場企業に相応しいコーポレートガバナンスのあり方、「理」を説き続けた久美子社長、娘は自分を追い出そうとしていると「情」に訴えた勝久会長。
創業者から第二世代へ承継はどうすればいいのか、家業が上場によって公器となった場合に創業一族はどう経営に関与していけばよいのか。多くの示唆を含んだ事例です。
(印象に残ったところ‥本書より)
〇勝久氏の発言
「当社の商品は50%以上が輸入品。円高で価格維持が難しくなると競争に勝つために久美子氏は20%値下げしたが、そこからが久美子氏と私の違い。競争があるのにただ安くするだけで、顧客は増やせなかった。その後、円安になっても値上げしなかった。在庫を持つことは危険だが、私は今まで為替で失敗したことはない。いつ円高になっても大丈夫な態勢にしている」。
現場でたたき上げた直観力、良いものは少しくらい高くても必ず消費者に支持される。そんな絶対的な自信は、実に娘に否定されればされるほど、強固になっていった。これを「老い」と見ることもできるし、成功体験から抜け出せない「創業者の性」と見ることも可能だろう。
社外取締役の議論では常に「独立性」が問題になる。取引銀行や取引先、顧問弁護士などが社外ということで取締役になっても、いざというときに自分を選定してくれた社長や会長には逆らえないというのが典型的なパターン。監査役制度がなかなか機能してこなかったのも、任命権者である社長にモノを言うことができないという根源的な問題があった。
〇勝久氏の発言2
「クーデターだと思っているが、社員はテロだと言っている」
〇インサイダー取引事件
本来ならば取締役会で問題に気づく人がいるべきなのだが、当時の大塚家具の取締役は5人すべてが一族だった。ある意味、チェック機能が全く働かない体制になっていた。
〇勝之氏(長男・久美子氏の弟)の発言
姉が繰り返し「代わるって言ったじゃない」ともめていたのは事実。母が不思議に思って「お父さん、そんな約束したの」と問いただすと、「そんなことは言っていない」と言っていたそうです。
〇不動産取引
久美子氏を社長から外すと、勝久氏はもうひとつの懸案に着手した。勝久氏の生まれ故郷である埼玉県春日部市に5000坪の土地を取得する契約を結んだ。反対していた久美子氏が社長は外れたことで勝久氏の鶴の一声で契約が決まったという。
〇久美子氏が社長を外れたあとに、社外役員がまとめた要望書
①現体制による経営方針の速やかな策定・取締役会付議
⇒14年7月の久美子氏解任以降、取締役にまともな経営方針が提示されておらず、ほとんど議論らしい議論が行われていなかった
②コンプライアンス体制の強化
⇒勝久氏が行った粛清人事が明らかにコンプライアンス上問題
③IR体制の強化
⇒広告宣伝費の積み増しで赤字転落が分かっていながらぎりぎりまで情報開示を行わなかった
④予算・事業計画の適時の策定・取締役会付議
⑤経営判断の合理性の確保・取締役会における適切な説明
⇒春日部の土地取得について、経営判断として合理的なのかどうか、取締役会に説明していない
⑥取締役会における健全な議論を行えるようにしていただきたい
〇久美子氏の発言
「創業者が英英に経営を続けることができないのは明らかです。それを前提にどうオーナー経営から脱却していくのか、次の世代のことを考えてこの5年改革を進めてきました」
〇社員の立場
多くの社員からしてみれば、自分たちが働いている会社が成長して、給料が増えることが最大の関心事。一族の誰が社長になるかには殆ど関心がないというのが実情。
〇教訓
創業者は無条件に尊重されるべきか、娘は父親の言うことを黙って聞くべきか、社外取締役はお目付け役で具体的な経営戦略にまで踏み込むべきではないのか、社員はトップに絶対服従すべきか、上に長女が居ても年下でも長男が家業を継ぐべきか、これまで漠然と「当たり前」と思われていた日本の旧習に久美子氏は果敢に挑んだということもできそう。
同族経営について、様々な経営の示唆を与えてくれる、まさに生きた事例だと思います。