ローマ人の物語Ⅵ(塩野七生)
第6巻「パクス・ロマーナ」は、カエサル暗殺後の覇権争いを制したオクタヴィアヌス(アウグストゥス)が主人公。共和政から帝政への移行を保守派である元老院派の賛同を得ながら巧妙に成し遂げていく一冊。のちのローマ帝国の礎となった創始者の功績がまとめられています。
(印象に残ったところ‥本書より)
〇軍備削減
現在でいうリストラ。兵士を1/3に削減。転職先と退職金問題は、クレオパトラが残した財宝と私財の提供、属州内に建設される植民都市への入植で対応。
〇国勢調査
前回調査から42年間で人口は、406万人→493万人へ。北伊や属州で市民権を与えられた人が増えたため(つまり市民権を持つ人のエリアが広がった)。市民層が変化していく中、政策を批判する時間を与えないように、次々と施策を断行しなければならないということ。
〇情報公開
カエサルが元老院議事を翌日公開する改革を行ったことが、議事内容の秘密を権力の一つとした元老院派の反感を買っていた。アウグストゥスは、翌日公開はやめ、議事録は公文書庫で見たい人が見に行くように変更。元老院派はローマ市内では情報公開が実質的に制限されると歓迎したが、議事録は官報として属州内のローマ市民に知らせるようにも変更したため、ローマ帝国全体では情報公開が促進。
〇元老院のリストラ
1000名超から600人へ削減。ガリア人や奴隷などカエサルの改革で取り入って元老院議員になった人は排除。そのうえで、アウグストゥスとアグリッパが30人を選び、その30人が別の30人を選ぶという方法を20回繰り返して600人を選定。カエサルの増員の真意は元老院派の打倒だったが、アウグストゥスは若き権力者の元老院尊重の証と映った)。
〇共和政復帰宣言
カエサル暗殺後、アントニウスとの覇権争いの中で得た独裁権に繋がる特権を放棄し元老院派の支持を得る。一方で、執政官職、インペラトールの称号を常時用いる権利、プリンチェプス(第一人者)という称号を用いる権利は保持。喜んだ元老院は、オクタヴィアヌスにアウグストゥスの尊称を与えた。
〇内閣創設
第一人者のアウグストゥスを中心に、執政官2人、法務官、会計検査官、財務官、按察官、元老院議員から毎年抽選で選ばれる15人で構成。合議制という概観で元老院派の支持を得たが、実際のところは、アウグストゥスが執政官を兼ねている、もう一人の執政官は盟友アグリッパ。事実上内閣の決議はアウグストゥスの意のまま。元老院会議は回数を減らしたが、内閣は年中無休。元老院の決議の価値を非価値化した。
〇属州統治(軍事権)
防衛が主任務になる地域は皇帝直轄属州とし、アウグストゥスが任命する武官が赴任。安全な地域は文官の統治地域として元老院派が赴任(名誉あるキャリア)し軍は置かない。軍事こそ分権にしてはならないと考えたアウグストゥスは実質的に全軍最高司令権を手に入れた。
〇護民官特権
アグリッパともども執政官職を返上し、1年限りの護民官特権付与を希望。元老院派、執政官の連続就任が終身で続くと思っていただけに歓迎。しかし、護民官特権は意義が無ければ更新される仕組みであり、実質的に終身制となった。
護民官特権は、①肉体の不可侵、②平民たちの代表者として彼らの権利を守る地位、③平民集会の招集権、④政策立案の権利、⑤拒否権(VETO)。
〇通貨改革
目的はただ一つ、強力で信頼おける基軸通貨の確立と、それによる帝国全体の経済の活性化。アウグストゥスは、自分の横顔や自分に関係したことがらを掘らせるカエサルのやり方を踏襲。
歴史家タキトゥスが評するように、「気づかれないように一つずつ、長い時間をかけてすべての権力を手中にしていった」アウグストゥス。54歳から改革を始めたカエサルと比較すると、性格もあるのかもしれませんが、33歳から改革に着手できたアウグストゥスとの年齢差がカギになったようです。保守派(共和政派〉元老院議員の支持と市民の支持を受けながら、実態は権力を集中させ帝政に持っていったアウグストゥスの政治力は学ぶに値する内容だと思います。