MBA男子の勝手に読書ログ

グロービス経営大学院を卒業したMBA生の書評と雑感。経営に関する基本書、実務書のほか、金融、経済、歴史、人間力、マネジメント力、コミュニケーション力、コーチング、カウンセリング、自己啓発本、ビジネススキル、哲学・思想など、幅広い教養を身につけ、人間性を磨く観点で選書しています。

真実の瞬間(ヤン・カールソン)

『真実の瞬間』(ヤン・カールソン)

 1990年に発売された有名な一冊です。スカンジナビア航空のサービス業戦略を経営者自らまとめた本書は、顧客接点、権限移譲など、サービス業のコア業務を考えるうえで参考になる点が多いです。タイトルの「真実の瞬間」は、つまり「顧客と接する瞬間」(=付加価値を生む一瞬)を意味し、その瞬間に社員がどのように顧客に接するのかがサービス業の生命線であるということを伝えています。

 

(印象に残ったところ‥本書より)

〇「真実の瞬間」

 航空券販売係や客室乗務員といった最前線の従業員の最初の15秒の接客態度がその航空会社全体の印象を決めてしまう。その15秒が「真実の瞬間」。そのためには、コミュニケーションを阻む横の障害を排除すること。「部下を指令通りに動かすために雇われている」中間管理職を、マネジャーから、旅客と市場にじかに接する最前線の従業員のリーダー、支援者に変身させること。

 

〇ビジネス・リーダー

スカンジナビア航空では、分析は常に全体的なビジネス戦略を対象とし、戦略の細目には向けられない。ビジネス・リーダーの武器は、明確で簡潔なビジョンと、人間味のある、優れたコミュニケーション能力。

・リーダーはすべての知識を持ち、すべての経営判断をするために選ばれるわけではない。活用できる知識を統合し、優先事項を設定するために任命されている。リーダーは、日常業務の遂行責任を社員に移譲できる機構をつくり上げるのだ。

 

〇顧客視点

 顧客にスカンジナビア航空についての感想を求めた場合、果たして彼らは航空機とか営業所の建物、あるいは資本運営のことなどについて語るだろうか。旅客はきっと、スカンジナビア航空の従業員が自分たちにどう接したかという点を取り上げるはず。スカンジナビア航空を形成しているのは、旅客機とかの有形資産の集積だけではない。もっと重要なのは、顧客に直接接する最前線の従業員が提供するサービスの質。

 

〇権限移譲

・真に自分たちの会社を、顧客の個々のニーズに応える企業にするつもりなら、現場からかけ離れた部署で作られた規則書や指示書に頼ってはならない。15秒の「真実の瞬間」にスカンジナビア航空を代表している航空券係、客室乗務員、荷物係といった最前線の従業員に、アイデア、決定、対策を実施する責任を委ねることが必要。

・全社員に責任を分散し、ビジョンを伝えれば、彼らにより重い責務を課すことになるのは明らかだった。情報を持たない者は責任を負うことができないが、情報を与えられれば、責任を負わざるを得ない。従業員は、ビジョンを理解すると、熱意をもって責任を引き受け、一斉に多くの目ざましい成果を上げた。

 

〇顧客本位の企業になるには

 最前線の従業員が様々の面で変わらなければならない。しかし、そうした変革を率先して促すのは、経営者の役割。従業員が自信をもって職責を引き受け、手際よく任務を遂行できるような環境をつくることに意を注ぐ。真のリーダーになることが経営者の責任。経営者は、従業員とのコミュニケーションを密にして、自社のビジョンを伝え、そのビジョンの実現のために従業員が何を必要としているかに耳を傾けなければならない。成功するためには、経営者はもはや孤立した、官僚的な意思決定者ではないられない。ビジョンを持った戦略家、情報提供者、教師、そして鼓吹者でなければならない。

 

〇コスト削減の失敗(チーズ・スライサー方式)

 すべての部門の業務コストを一律に削減し、不況時に不要なコストを切り詰めることに成功した。しかし、顧客にとって大して必要のないサービスを残す一方で、顧客がお金を払ってでも求めているサービスを廃止する結果になった。コスト削減は結局、競争力の低下を招いてしまった。社内に及ぼした影響も深刻だった。まず、スタッフ部門の意欲が減退した。やがて、だれも責任をもってコスト管理を行わなくなった。

 

〇中間管理職の機能

 責任の委譲は権限放棄と同じことだとみなされることがあるが、それは誤り。実際、分権化した機構を円滑に運営するには、中間管理職の職能が不可欠。現場従業員の意欲を盛り上げ、業務活動をサポートするには、指導、情報伝達、批判、賞賛、教育に熟達した、見識のある中間管理職が必要。総合戦略を現場従業員のための業務ガイドラインとして具体化し、業務目標達成に必要な資源を確保するのが、中間管理職の権限になる。そんために中間管理職には、独創力や機転とともに、実際的な業務計画づくりの能力が求められる。

 

〇現場従業員の安心感

 現場従業員が現実にリスクの伴う意思決定を行おうとするときには、職務保証が前提となる。誤った決定が問題にされたり、失職の原因になるようでは、知識や情報があっても意思決定は行えない。失策も許されるという前提がなければならない。そのような安心感は、内面(大きな責任に伴う自負心)と外面(リスクに挑み時に失敗を犯す従業員に罰ではなく指針を与える)から生まれる。経営幹部と中間管理職は、その両方の安心感を現場従業員に植え付けることが出来る。

 

 権限移譲を行い、現場従業員に責任意識を醸成し、サービスの質を高める。現在のサービス業や小売業のマネジメントでは、当たり前のように捉えられているかもしれませんが、1990年当時その先駆けのように取り上げられた事例が本事例です。今の時代でも学べることがたくさんあります。

真実の瞬間―SAS(スカンジナビア航空)のサービス戦略はなぜ成功したか

真実の瞬間―SAS(スカンジナビア航空)のサービス戦略はなぜ成功したか

 

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