『あきらめない心』(天野篤)
著者は天皇陛下の執刀医で知られる心臓外科医(順天堂大学医学部教授)。執刀した手術数7200例、成功率98%という実績は、まさに第一人者。本書は、著者の経験や現場で命と向き合い感じる様々なことを振り返った一冊です。「天職と思うなら、もっと努力しろ、もがけ。立ち止まるな」と、第一人者でありながら、なお自分を奮い立てる境地とは。
(印象に残ったところ‥本書より)
〇若いころの失敗経験からの学び
「もう、いいよ、どうなってもいいよ」と心が折れそうになって発した言葉に看護師から怒鳴られた。「先生がそんなこと言ったら、どうなるんですか。先生が患者さんを何とかしていくれると思っているから、私たちもこうやってずっと一緒にやってきたんですよ」。結局、無事手術は終わった。とにかく諦めてはいけない。途中で挫けないで進んでいけば、ゴールには辿りつける。情けない自分に直面することで、そのことを学んだ手術だった。自分だけが一生懸命頑張っていると思うと、どんどん独りよがりになってしまう。精神的にも支えてくれる人たちがいるから、どんなに難しい局面でも、あきらめずに立ち向かっていける。
〇ポイント・オブ・ノー・リターン(引き返し不能点)
動いている心臓を止める瞬間は手術において極めて重要なポイント。引き戻せない。治さなかったら、心臓は生き返らない。患者さんの命がかかっている。ひたすら前に進んで治していかなければならない。そのUターンできない一本道の途上には、生と死の天秤がいつも存在している。その分岐点を常に意識しろ。
〇手術経験数
外科医にとって手術数はとても重要。腕の良し悪しは経験値に比例する。手術数が2000例くらいまでの頃は、予想外の展開に慌てたり、先が読み取れなかったりして怖い経験をすることもあったが、3000例を超えるあたりから大局観のようなものが身に付いてきた。手術の際には、「これはあのパターンだな」「あの時の経験が参考になるな」などと、記憶の引き出しからその絵をサッと取り出して来る。ヒントは過去の経験の中にたくさん存在している。
〇意識の差
外科医の仕事は手の作業だから、指や手をつかう練習はいつかどこかで必ず役に立つ。皿洗いにしろ、リンゴの皮向きにしろ、爪切りにしろ、日常生活の中には指を使うこと、手を使うことが山のようにある。一見、手術とは関係ないようなことでも意識次第では手術の腕を上げる格好の練習になる。実は、この「意識」こそが上達のキーワード。
〇看護の仕事
看護の仕事の核心は、「思いやり」であると思っている。もっと砕けた言い方をすると、痒い所に手が届く。身体だけでなく心に対しても、痒い所にしっかり手が届くことだと考えている。
〇出る杭は打たれる、出過ぎた杭は打たれない
人の2倍努力しても、それではまだ足りない。3倍努力しないと見えてこない景色というものがある。2倍頑張ったくらいだと「出る杭は打たれる」で叩かれたり、邪魔されたりすることもあるが、3倍努力して「出過ぎた杭」になると、もう打たれない。マラソンでいえば、独走状態のようになる。後ろからは背中もよく見えないくらいになる。すると、もう追いかけてはこない。
〇引退について
同じ判断ミスで2人続けて患者さんを失ったら、この道からきっぱりと足を洗う。そんな覚悟で心臓外科医を続けてきた。もう後はないぞ。今度同じ判断ミスで患者さんを失ったら転落だ。心臓外科医を続けるわけにはいかない。引退しろ。そのくらい自分に厳しくしていかないと、命を預かる仕事を続ける資格はないと思っている。
父親を心臓病で亡くした著者。周囲に反対されながら民間病院での勤務の道を選び、実績を積み重ねての現職。知力・技術力・気力・体力・・・あらゆる要素が高次元で確立されないと責任を果たせない仕事。前人未到の領域を開拓するに至る、まさにドラマでした。