MBA男子の勝手に読書ログ

グロービス経営大学院を卒業したMBA生の書評と雑感。経営に関する基本書、実務書のほか、金融、経済、歴史、人間力、マネジメント力、コミュニケーション力、コーチング、カウンセリング、自己啓発本、ビジネススキル、哲学・思想など、幅広い教養を身につけ、人間性を磨く観点で選書しています。

「陰騭録」を読む(安岡正篤)

『「陰騭録」を読む』(安岡正篤)(◯)

 『陰騭録』は運命と立命の学問です。本書は明末の学者袁了凡が息子の袁天啓に書き与えた『陰騭録』の講義をまとめたものです。陰騭録を貫いているものは、人間は運命とか宿命とかいうものを、自らの道徳的努力によって、立命に転換していくことができるという思想。「『禍福はみな自分より求めないものはない』というのは聖人や賢者の真実の言葉であって、『禍福は人間の力ではどうしようもできぬ天の命ずるところである』というのは世の俗人の論である」ということを悟り、謙虚・積善・改過という道徳的精神によって、自らの運命を開拓し、素晴らしい人生を実現していった実録です。

 

(印象に残ったところ・・本書より)

◯陰騭とは

・諸経の「惟れ天下、民を陰騭す」というところから出ている熟語。

・陰は冥冥の作用。騭はさだめるという意味。

・すなわち、冥冥の間にさだめられておるものを明らかにさだめること。自然の支配する法則を、人間の探求によって得た法則に従って変化させてゆく、これが陰騭。

 

◯一切の福は努力によって得られる

・自分の心に向かって求むれば、天も感じないということはない。結局は自分の心の内に在るものを求めることに外ならない。だからただ道徳仁義といった自分の心に内在するものが得られるだけではない。功名富貴といった心の外にあるものも得られる。自分の心に向かって得ようと努力すれば、心の内に在るものも、心の外に在るものも二つながら得ることができる。

・もし自らに返って反省することがなく、いたずらに外に向かって求めようとすれば、これを求むるに道があり、これを得るに命というものがあるのであるから、結局自分の心に在る道徳仁義も、自分の心の外に在る功名富貴も失ってしまって、自分自身には何の益もないことになってしまう。

 

◯天命は行によって変化する

書経に「天というものは当てにできないものだ、天命というものは変化して常ならぬものだ」「一切は命である。従って常ということがない。行いかんによって変化するものだ」と言っている。

・今日の自分自身の生は悠久の生命の流れの中に位置している。従って何が生じてくるかわからないし、自分の影響がいつどこへどういう風に伝わっていくかわからない。そういうことを考えると、少々善いことをしたぐらいで、すぐ善い報いがあるなどと考えるのは大きな間違い。同時に少々悪いことをしたって別に大したことはあるまい、などと考えるのも浅はかなこと。結局は運門禅師が言ったように「日々是れ好日」に生きるのが一番。

・効果を急ぐとか、報いを私心・私欲のために供するくらい、道徳的に不善なことはない。

 

◯慎むことを忘れてはならない

・まず自分の邪念を防ぐことを考えよ。そうして日々に自分の非を知り、日々に過ちを改めることが肝要である。一日自分の非を知らなければ、一日自分を是として安んじてしまう。一日何の過ちも改めることがないというのは、とりもなおさず、一日何の進歩もないということである。

 

◯謙虚利中

・謙虚で、そして中を利するということ。謙虚は自ずと利中になる。

・謙は、自ら足れりとしない、満てりとしないこと。書経にも「満は損を招き、謙は益を受く」。すなわち、自ら満てりとする満心は損を招き、謙は益を受くると書いてある。

・人間は謙虚にして初めて幸福を受けることができる。

 

◯善を行う要諦

・善というものは、これを為して人に知られようとしては何にもならぬ、人知れず行って初めて陰徳といえる。日々善をつとめて行って、まだ日が足らぬというぐらいにして、初めて積徳といえる。ただ大切なことは、その時その時自分の心を点検して、善を為すことが真実の心から発するようにし、仮の心から行ってはいけない。この理をよくよく弁え修練して、善事を行い、悲事があってはならない。そうすれば諸々の罪障を滅して福を招くこと、これより大きいものはない。

 

◯善行の大略十類

①人のために善を為す
②愛敬で心を養う
③人の美を成す
④人にすすめて善を為さしめる
⑤人の危急を救う
大利になることを興し建てる
⑦財を捨てて施をする
⑧正しい法を護持する
⑨自分より身分の高い、年齢の長じた人を敬重する
⑩物の命を愛惜する

・この十類の善行によって推し広めてゆけば、やがて万徳が我が身に備わってくるに違いない。要するに人間は、常に慈しみの心、慈心・仁心を養わねばならぬということ。

キリスト教でいえば愛であり、仏教でいえば慈悲である。事人は本当によくできた語。非の字がとくに良い。人間は物の命が無視され犠牲にされるのを悲しく思う。その物を愛すれば愛するほど悲しい。だから愛という字を「かなし」と読む。愛することがなくては、悲しむことがなくては、儒教も仏教もない。だから平生において絶えず物の命をいとおしんで、慈悲行を積んで置けば、やがて天地・人間を通ずる法にかなう。これが立命の大事な条件。

 

 日々の中で活かせる示唆に富んだ一冊です。やはり、普遍のものというものがあり、それを見つけて、日々の生活の中で毎日積み重ねていって、無意識レベルでできるようになったら、新しい要素を取り入れてまた積み重ねる。日々何を積み重ねるか、時間を大切に積み重ねるために、何を意識するかを考えるのに東洋哲学はとっても良い教材だと思います。

立命の書『陰騭録』を読む (致知選書)

立命の書『陰騭録』を読む (致知選書)

 

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