最近、講談社学術文庫を読み進めています。友人とたまたま孫子のことをことが話題になったので、改めて孫子を読み直してみようと思い本書を買ってみました。孫子はたくさんの本が発売されていますが、本書はとても読みやすい内容でした。現代語訳、書き下し文と原文、著者による解説がセットになり70項目。孫子というと兵法ですが、何も戦争ということではなく、リーダーとしてのあり方、ものの見方、ビジネス上の競争と応用が効く内容で、今も人気を博しているのが分かります。
(印象に残ったところ・・本書より)
◯5つの基本事項(計篇)
①道:民衆の意思を統治者に同化させる内政の正しい在り方
②天:日陰と日向、寒い暑い、四季の推移の定めや天に対する順逆2通りの対応、天への順応。
③地:地形の高い低い、国土や戦場の広い狭い、距離の遠い近い、地形の険難さと平易さ、郡を廃止させる地勢と生存させる地勢など。
④将:物事を明察できる智力、部下からの信頼、部下を思いやる仁慈の心、困難にくじけない勇気、軍律を維持する厳格さなど。
⑤法:軍隊の部署割りを定めた軍法、軍を監督する官僚の職権を定めた軍法、君主が軍を運用するため将軍と交わした、指揮権に関する軍法など。
⇨これらの重要性を骨の髄まで思い知っている者は勝ち、単に観念的知識としてしか知らない者は勝てない。
◯兵は拙速を聞くも、未だ巧久を賭(み)ざるなり(作戦篇)
・時間を度外視して、何事も完璧にしなければ気のすまない、小心な完全主義者は、実戦には向かない。
◯上兵は謀を伐つ(謀攻篇)
・軍事力の最高の運用法は、敵の策謀を未然に打ち破ること
・次は、敵国と友好国との同盟関係を断ち切ること
・その次は、敵の野戦軍を撃破すること
・最も拙劣なのは、敵の城邑を攻撃すること
◯勝利を予知する5つの要点(謀攻篇)
①戦って良い場合と戦ってはならない場合とを分別している
②大兵力と小兵力それぞれの運用法に精通している
③上下の意思統一に成功している
④計略を仕組んでそれに気づかずにやってくる敵を待ち受ける
⑤将軍が有能で君主が余計な干渉をしない
◯勝兵は先ず勝ちて而る後に戦い(形篇)
・我々兵法家の間で優れていると称されるのは、容易に勝てる態勢の敵に勝つ者である。それだから優れた者が戦う場合には、世間を驚かせるような奇抜な勝利もなく、智将だとの名声もなく、勇敢な武功もない。したがって、彼の勝利にはいささかの危なげもない。
・何ら危なげがないわけは、あらかじめ勝利を設定した状況が、もはや態勢として敗れている敵に勝つようになっていたからである。
・巧みに戦う者は、決して破れる恐れのない態勢に身を置いて、敵が敗れさる機会を逸しない。こうしたわけで、勝利する軍は、まず勝利を確定しておいてから、その勝利を予定通り実現しようと戦闘するが、敗北する軍は、まず戦闘をしてから、その後で勝利を追い求めるのである。
◯戦いは、正を以って合い、奇を以って勝つ(勢篇)
・正法の態勢から適切に奇法を繰り出す者は、その奇法の出し方が天地のように無限である。
・正から奇が、奇から正がと、奇法と正法とが循環しながら発生するさまは、丸い輪に終点のないようなものである。
◯兵の形は水に象(かたど)る(虚実篇)
・軍の形は水を模範とする。水の運行は高い場所を避けて低い場所へと走る。同じように軍も、敵の兵力が優勢な実の地点を回避し、敵の備えが手薄な虚の地点を突撃して勝利する。だから水は地形に従って運行を決定し、軍はてきの態勢に従って勝利を決定する。
◯兵は分合を以って変を為す者なり(軍争篇)
・疾風のように迅速に進言し、林のように静まりかえって待機し、火が燃え広がるように急激に侵攻し、山のように居座り、暗闇のように実態を隠し、雷鳴のように突然動き出し、偽りの心理を敵に指示するには部隊を分けて進ませ、占領地を拡大するときは、要地を分守させ、権謀を巡らせつつ機動する。
◯将に五危あり(九変篇)
①決死の勇気は、将来を見通す息の長い思考量が伴わないときは、むやみに拳を振り上げ、勇ましい言葉をわめき散らす、単なる猪突猛進の猪武者にとどまって、むざむざ戦死するのが落ちである。
②生還を期そうとする粘り強い忍耐力は、決死の覚悟が伴わずに、それだけに凝り固まれば、単なる臆病者の優柔不断に陥り、ぐずぐず思案しているうちに、敵に囲まれて捕虜になるのが落ちである。
③闘争心が旺盛で決断が速いこと自体は、将軍にとって有益な資質である。だが一方に沈着冷静な洞察力が伴わなければ、単なる怒りっぽい短気星に過ぎない。こうした将軍は、どうした、怖くて進めないのかなどと侮辱・挑発されると、頭にカッと血が昇り、前後の見境なく進撃して、まんまと敵の謀略にはまり込むのが落ちである。
④人格が高潔で、利欲に目が眩まないこと自体は、将軍には是非とも必要な資質。だが名誉を守ろうとする一念にのみ凝り固まって、汚濁を被ってでも平然としているだけの図太さに欠けるならば、やたらに気位の高い道徳家に過ぎない。やい逃げるのか卑怯者などと罵られると、そのわずかに恥辱すら耐えきれず、颯爽と戻ってきては討ち死にしたりする。
⑤部下を愛護しようとする慈悲心それ自体は、大勢の命を預かる将軍としては、なくてはならない素質である。一方に非情な意志の強さを持ち合わさなければ、単なる人情家に終わる。こうした将軍は、次々へと生ずる厄介事の前に、心身とも疲労し衰弱してしまう。
人民の生命に関わる責任を背負った君主や将軍だからこそ、押さえておく必要があった当時の時代背景。日本にもその考え方が持ち込まれて、武田信玄の「風林火山」を始め、徳川幕府においては、『孫子』以下の武経七書を官版として発行し、諸大名に配布したようです。リーダーが崩れると組織が崩れる。孫子の時代はそれで人命が失われる。本書の背景にはそうしたリーダーの責任の重さを感じます。