最近、志や使命に関し考える機会が増え、年末から新たな学びの機会もあったことから再読。今回は本書の内容と自分の状態がマッチしたこともあり、ようやくしっくりきました。読み手が試されるとも言える奥深い一冊です。
著者は昭和を代表する陽明学者であり東洋思想の大家。人間学とは何か、東洋哲学の精神について。心を尽くして本来の自己を自覚し(尽心、尽己)、天から与えられた使命を知り(知命)、自己の運命を確立する(立命)という一連の人間革命、自己維新の原理である知命、立命の学について、まとめられています。
(印象に残ったところ・・本書より)
◯学
・人間にとっては、「知識の学」より「智慧の学」、「智慧の学」より「徳慧の学」が本質的に大切。そして徳慧の学、すなわち人間学こそ文化の源泉であり、民族興隆の基盤である。
◯人間学の二大条件
①窮して困しまず、憂えて意衰えず、禍福終始を知って惑わざること(荀子)
・本当の学問というのは、立身出世や就職などのためではなく、窮して苦しまないこと、憂えて心衰えないこと、何が禍であり何が福であり、どうすればどうなるかという因果の法則という3条件。
・禍福終始を知って惑わぬ。すなわち人生というものを確立する。これが学問の本義。だからどうしても学問をしなければ自分もわからぬ、人もわからぬ、人生はなおわからぬ。学問することは単なる「知識を獲得すること」だと思っては大間違い。「人間を作る」ということ。
・「幸」と「福」
苦心努力によらずして偶然他から与えられたものを「幸」、自分の苦心努力から作り出した好事は「福」。
・本当に何が幸で、何が福かは知識ではわからない。やはり智慧でなければ、さらに進んで徳慧でなければわからない。
②自靖・自献:内面的には良心の安(靖)らかな満足、外に発しては世のため、人のために自己を献げること(書経)
◯機と経絡
・人間に最も大切なのは「機」。人生とはすべて「機」によって動いている。常にキビキビした機の連続。機というのは、ツボとか勘所とかいうものであって、その一点で全てに響くような一点を「機」という。「機」を外すと響かない、つまり活きない。
・人間の体には経絡というものがある。経というのは生体電気が放射される通路。色々に交差している、例えば停車場、交差点のようものを絡という。経絡にそれぞれ大事なツボがある。そのツボを抑えると全体に響く。
◯朝こそすべて
・人間にとって大事な機のうち、最も大切にしないといけないのは朝。
・There is only morning in all things.
・1日24時間、朝の後、昼、夜があると考えるのは死んだ考え方。活きた時間というのは朝だけ。言い換えれば本当の朝を持たなければ1日だめ。
◯「命」を考える理由
・「その心を尽くす者はその性を知る。その性を知れば即ち天を知る。その心を存し、その性を養うは、天に事うる所以なり。殀寿貳(ようじゅたが)わず、身を修めて以って之を俟(ま)つは、命を立つる所以なり。」(孟子)
→人生の五計
①生計:人間はいかに生くべきか
②身計:身をいかに立てるか
③家系:いかに家を治めるか
④老計:いかに老いるか
⑤死計:いかに死すべきか
→殀寿不貳(ようじゅふじ)(殀は短命、寿は長命、不貳は違わない・同じ)。五計を生きれば、短命だ長命だということは問題ではない。
→命ということにここでぶつかる。
◯「命」
・「いのち」は「命」のごく一部に過ぎない。
・絶対的、必然的な何かの意味をこの「命」で表している。
・我々の生命というものは、なぜ生命というか。生の字になぜ命という字を付けるかというと、我々の生きるということは、これは好むと好まざると、欲すると欲せざるとにかかわらない、これは必然であり、絶対的なものである。
・人生そのものが一つの「命」である。その「命」は光陰歳月と同じことで、動いて止まないから、これを「運命」という。
・運命は動いて止まないが、そこにおのずから法則(数)がある。そこで自然界の物質と同じように、その法則を掴むと、それに支配されないようになる。自主性が高まり、創造性に到達する。つまり自分で自分の「命」を生み、運んでゆけるようになる。
・人間は学問修養しないと、宿命(命がとどまる)的存在、つまり動物的、機械的存在になってしまう。よく学問修養すると、自分で自分の運命を作ってゆくことができる。これが命を知る(知命)、命を立つる(立命)の大切な所以。
・人間が浅はかであると「宿命」になる。人間が本当に磨かれてくると「運命」になる。すなわち自分で自分の「命」を創造することができるようになる。
◯心を尽くし命を知る
・人と生まれた以上、本当に自分を究尽し、修練すれば、人相は皆違っているように、他人にない性質と能力を必ず持っている。
・自分というものはどういうものであるか、自分の中にどういう素質があり、能力があり、これを開拓すればどういう自分を作ることができるかというのが、命を知る(知命)、命を立つ(立命)ということ。
◯知と行の循環
・「知は行の始めなり。行は知の成るなり」(王陽明)。
・知は行位の始めであり、行は知の完成。これが一つの大きな循環関係をなす。知から始まるとすれば、行は知の完成、そしてこれは行の始めが知だから、知というものは循環する。本当に知れば知るほど、それは立派な行いになってくる。知が深くなれば行いがまた尊くなるというふうに循環する。
他にもアップしたい大切なところが多数。3度目となる今回で殿堂入り。著者の「人間学シリーズ」はもう一度読み直し。今何をやっているかというと、ブログには書ききれないので、パワポに大切な箇所を落とし込み、そこに自分のこれまでの経験や今考えていることを当てはめていったらどうなるかという作業です。すでにできていることを本書で裏づけしたり、これを機に自分の考え方を言語化したりと、「自分が主、書籍が従」の位置付けで整理できそうです。
こうした本は読んで満足ではなく、自分のケースに当てはめて言語化し、実際に行動し、また考えて言語化するという繰り返しが必要かと思います。いい循環を作るためにも良書を見つける必要があり、著者の人間学シリーズは私にはピタリとはまっています。