本書は、今から約2300年前、中国の戦国時代中期に成立した思想書『荘子』のエッセンスをまとめた一冊。
一切をあるがままに受け入れるところに真の自由が成立すると説く『荘子』は、禅の成立に大きな役割を果たしたほか、西行や芭蕉、鴎外、漱石から湯川秀樹に至るまで、多くの人々に影響を与えています。
論語のように後進がまとめたものではなく、『荘子』は自らも書いており、師匠と弟子との合作という点も魅力です。
【本書の学び】
①「無為自然」:言葉は主観。ありのままを大切にする。
②「遊」:空いた時間に予定を詰め込まず、何もない時間を大切にする。
③「万物斉同」:俯瞰目線で見れば対立はちっぽけなもの。
(印象に残ったところ・・本書より)
◯人為は空しい
・「和するに天倪を以ってす」
天から見ればすべては斉しいのであり、そう見えないとしたら、それは人間が自分を中心に据えた勝手な是非善悪を振りかざすからに過ぎない。
・どんな判断も自分なりの理由で可決を決めて言明することができる。だから荘子は、主観的な表現をできるだけ避ける。これが『荘子』における表現の基本的な態度。
・荘子は言葉の限界を痛感していた。無限の広がりを持つ「道」の世界を、言葉という限定的な道具で表現するなど、もとより不可能だと考えていた。
・言葉はどうしても自らを飾ろうとする(「言は栄華に隠る」斉物論篇)。そこには「私」すなわち「人為」が混じる。
・「私情を挟むからおかしなことになるのであって、成り行きに完全に任せれば天下は治るものだ」。自然とは「私」を混じえないこと。
・道とは自然(自ずから然り)に沿う在り方であり、人為を加えないもの。
・効率化を追い求めることを「恥ずかしい」とする感覚。これは是非大切にしたい。効率化を目指す、するとそこには、少しでもうまくやろうという機心が生じると、精進ももちまえも安定しなくなる。
・便利な道具を持つことで、私たちはどんどん短気になり、他人が許せなくなっていく。まさに「機心」。
・自分の考えなど主張することなく、ただ相手の話に同調するのが良い。荘子に言わせれば、人の考えや言葉というものは実に頼りなくあてにならないものだから、突き詰めて言えば、どっちだっていい。
・「至人には私心がなく、神人(真人)には功を立てようとする心がなく、聖人にはなを得ようとする心がない」。どんなに素晴らしいことでも意識的であってはいけない。意識的であるとはすでに己であり、功や名にも通じてしまうから。
・はっきりと見えるものは道ではない。言葉というものもそれを論じてしまうともうダメ。思いやりは必要だがいつも同じやり方では行き渡らない。清廉潔白もあまりにも度が過ぎれば偽善になる。道、言、仁、廉といった大きな美徳も、それを積極的に主張し始めると悪徳に変わってしまう。本当の徳は主張しない。最高に素晴らしい人物は、それらしい地位にはいない。
◯受け身こそ最強の主体性
・外側で起きる変化を受け容れられる柔軟さを持ってこそ、最も強い主体性が得られる。
・予測とはまさに人為であり、人を不自由にするもの。むしろ不測に立ち、何も予測せず無心でいることが一番強い。
・「無有に遊ぶ」。未来はここにないのだから、「ないという今を遊ぶ」。多くの人は、今日やるべきことが終わると、明日やることをつい引き寄せてしまう。「明日できることは今日やらない」という強い信念がないと、人間は深く休めない。
◯しあわせ
・奈良次代には「為合」と表記した。「為」は「する」という動詞だが、主語は「天」。天が為すことに合わせるしかない。それが「しあわせ」という言葉の由来。この言葉はほぼ「運命」と同義。
・室町時代になってくると、その表記が行為の「為」から仕事の「仕」に変わっていった。「仕合」。そうすると、今度は主語が「人」になってくる。「仕合」は「しあい」とも読んだ。「しあい」も「しあわせ」もあくまで受け身の対応力。
◯自在の境地「遊」
・「遊ぶ」はもともと「神」しか主語になれない動詞だった。荘子は「人間だって遊ぼうよ、人間も遊に復帰しよう」と考えた。
・「遊」とは、時間と空間に縛られない世界のこと。
・「遊」を考えるときに「無意識である」ということは重要な要素。
・「遊」のもう一つの大きな要素として、「用」を離れること。「無用の用」。役立たずが役に立つ。
◯万物はみなひとしい
・「万物斉同」。すべてのものは元をたどれば斉しい。
・余計な対立や差別を解消したい。
・荘子は対立差別が解消される見方というものを「天均」という言葉で提示した。天から見ればすべてのものは釣り合っている。
・「天倪」。天の高さから眺めれば、区別や対立などというものはおよそちっぽけでつまらないものになる。差別を超えた自然の立場で和する。
荘子はたとえ話が多いので、イメージしやすく、読みやすいという点がいいところ。古典は小難しそうに感じてしまうので、とっつきやすさは重要ですね。老荘思想は、老子よりもまずは読みやすい荘子から。