『非対称情報の経済学』(藪下史郎)
「スディグリッツと新しい経済学」というサブタイトルが付された本書。『世界標準の経営理論』(入山章栄)の第5章・第6章のテーマであった情報の経済学「情報の非対称性」「モラルハザード」をメインに扱った新書があるということで買ったのが本書です。大学教授が書かれているということもあり、新書ですが難し目でした。『世界標準の経営理論』をもう少し突っ込んで学びたいときにはテーマがぴったりだと思います。
(印象に残ったところ・・本書より)
◯モラルハザードと保険
・例えば、自宅などの物件に対して法外な保険金をかけ、それに放火することによって不当な利益を得ようとすること。これは犯罪になる可能性があるとともに、そうした場合には保険金が支払われないであろう。
・保険加入者が寝タバコなどのように火の用心を怠るという、不注意から家事が発生した場合はどうか。人為的な事故か、単なる不注意か。保険契約でそうした不注意による場合の対応まで事細かに規定できるだろうか。
・生命保険においても、その保険支払いをもたらした死亡が自死によるものか、または暴飲暴食が原因となった病気によるのかによって、保険金の支払いに違いがあるのだろうか。
・自死の場合も精神的な病気の結果かもしれない。暴飲暴食の場合も、因果関係を明らかにすることは難しく、それが死亡を早めることはよく知られていたとしても、保険会社は被保険者の日常生活を細かくチェックすることは不可能である。
・もし情報が完全であるならば、こうした事件は起こらないのであり、起きたとしても簡単に解決される。
・個人は危険回避的であるため、事故などによって大きな損害を被ることを回避したいと思う。したがって生活水準を安定化する目的で保険に加入する。しかし保険制度のもとでは、事故発生によって被る損害が少なくなるため、個人は保険加入前と同じように事故を避けようとするインセンティブを持たなくなる。その結果、事故の発生が多くなり、社会全体としては損害が大きくなり、資源配分でロスが生じる。
・安定性を高めようとすると効率性が犠牲になり、効率性を高めようとすると安全性が犠牲になる。これは、保険加入したとき個人が事故を回避しようというインセンティブを加入前の同じ水準に維持することができないためである。非対称情報の下では、保険会社は個人の行動を常に監視することはできない。
◯賃金の安定性と効率性もトレードオフ
・賃金が変動する制度であろうと資金が安定的な制度であろうと、労働者が提供する動労の質や努力の程度がそれらによって影響を受けないのであるならば、報酬制度は経済的にそれほど重要なものではなくなる。
・すべての労働者に同じような賃金を支払う場合には、有能な人は労働意欲を失い、一生懸命働こうとはしないだろう。逆に、賃金が能力や業績に応じて異なるならば、労働者間で賃金格差が生じ、所得分配が不平等になる可能性がある。
・どの報酬制度が採用されるかにより、労働者の行動や経済全体の業績が異なってくる。社会においてどのような報酬制度が選ばれ成立するかは、社会の価値観や企業の経営方針などによって影響を受ける。
いろいろな問題提起が経済分析として並べられている本書。読む限り、解決策はなかなか難しく、トレードオフの問題として結論づけられているように思います。モラルハザードを取り締まるにも限界があり、そこに労力を注ぐと、非効率な経済になってしまう。完璧を目指すことが難しい領域だということがわかります。