『虹色のチョーク』(小松成美)
日本のチョークのシェア50%を占めるトップメーカーの日本理化学工業(株)。粉の飛散が少なくホタテの貝殻を原料にした「ダストレスチョーク」とガラスやホワイトボードなどツルツルした素材に発色良く書くことができ、濡れた布で簡単に消すことができる筆記具「キットパス」を主力商品とする企業ですが、従業員のほとんどが知的障害者でその半数近くは重度障害を持っている方です。『日本でいちばん番大切にしたい会社』(坂本光司)やカンブリア宮殿でも取り上げられた当社の経営にかける思いが綴られた一冊です。
(印象に残ったところ・・本書より)
◯大山会長の思い
・なぜあの先生が、若く不遜な私に何度も会いに来て、「生徒を雇って欲しい」と頭を下げてくださったのか。迷惑そうな顔と態度で接する私に話をしてくれたあの先生こそが、私が歩む人生の道の扉を開けてくれました。
・厄介だな、精神薄弱の子に仕事なんてできるのか、とまったく薄情だった。けれど先生の2つの言葉が胸をついた。一つは、「卒業後、就職先がないと親元を離れ、一生施設で暮らすことになります」ということ。もう一つは、「働くという体験をしないまま、生涯を終えることになるのです」ということ。何度も断った私に先生は、「就職は諦めましたが、せめて仕事の体験だけでもさせていただけないでしょうか。私はこの子たちに、一度でいいから働くというのはどういうことか、経験させてあげたいのです」とおっしゃったのです。その言葉に応えなければと思う自分がいました。2週間の期限を設け、15歳の卒業見込みの少女2名を預かることとなりました。
・当時は、彼女たちにとっては、労働=苦役と思っていました。それなのに何かミスをして従業員から怒られ、「もう来なくていいよ」と言われると、「嫌だ」と泣いている。「会社で働きたい」というのです。不思議でした。それに、私の中には障害のある人を働かせているという後ろめたさがどこかにありました。
・会社とは何か、経営とは何かと考え続けて、一つの答えを出した。それは、重度知的障害者の幸せを叶える会社をつくりを経営するということ。利益を出し成長を遂げるとともに全ての社員に幸せを提供する。この2つの目的を叶えるために全身全霊で働くのが経営者であるはずだと自らに言い聞かせた。
・人は働くことで幸せになれる。健常でも障害あっても働くことで幸せを感じてもらおう。その気持ちは、あの日からぶれることはありませんでした。
◯それぞれの理解力に合わせた工夫
・彼らが研ぎ澄まされた技術を発揮できるのは、健常者の社員が「こうやるべきだ」とその方法を画一的に教えるのではなく、障害のある社員のそれぞれの理解力に合わせた工夫が施されているから。
・大事なのは無理に教えるのではなく、彼らの理解力に合わせて作業環境を作ること
・文字盤の時計が読めない彼らのために、砂時計が使われている。
・解説書や手順書を手渡して理解させることを目的とせず、身体で覚える職人を作る。
・彼らにできる方法さえ見つければ、彼らは力を尽くし働けることを証明できた。そればかりか、常人にはない集中力・察知力を発揮してくれることを知った。
◯禅僧の教え「人間の究極の四つの幸せ」
①人に愛されること
②人に褒められること
③人の役に立つこと
④人から必要とされること
人に愛されることは、施設にいても家にいても感じることができるでしょう。けれど、人に褒められ、役に立ち、必要とされることは、働くことで得られるもの。つまり、その人たちは働くことによって幸せを感じている。施設にいてゆっくり過ごすことが幸せではない。人に求められ、役に立つという喜びがある。
◯働く幸せの実現
商品を生み出していることの素晴らしさを、社内で伝えるように心がけています。日本理化学工業というブランドとその品質が求められている、使った人たちを幸せにしているという実感は、社員にとって最大の幸せに繋がると思うからです。時代とともに、会社は変化を受け入れなければならないと思います。しかし、絶対に変えてはならないものもある。それは、「働く幸せの実現」です。
最初からすんなりいったわけではない、取り組み。今となっては、なんでこんなにうまくいっているの?消費者から支持され、かつ社会貢献度も極めて高い。経営者の思いも揺れたけれど、それを支えてくれる人たちもいて。そんな環境の中で試行錯誤してきた企業の歴史。経営者の歩み。企業経営への向き合い方に示唆のある心温まる一冊でした。