佐藤一齋「重職心得箇条」を読む(安岡正篤)
『佐藤一齋「重職心得箇条」を読む』(安岡正篤)(◯)
すごい人の本をすごい人が解説すると、わずか73ページで相当の学びになります。
本書は、『言志四録』の著者として知られる佐藤一斎先生(1772〜1859年)が自分の出身の岩村藩のために選定した藩の17条憲法、この書を昭和54年に住友生命の全国支社長会議の席上で抗議された筆録です。上に立つものの必読の書、行動指針とも言えるシンプルな良書です。
(印象に残ったところ・・本書より)
①「人物」の条件
・重職、重役というものは、どっしりとしておらねばならない。
・大いなる問題に油断があってはならない。
・「深沈厚重」「磊落豪勇」「聡明才弁」
・自然に出てくるような威厳がなければならない。
・つまらないことは省いて大きな問題について抜け目なく、どっしりして安定感をもたらせる。
・大義名分、建前、これをいい加減にするというと何が何やらわからないものになる。
・まちがいないようにするのが根本。枝葉末節に走らず、自然と肝腎大事な所はしっかりと握るというところから始めなければならない。
②大臣の心得
・いろいろな役目の人物に「それはこうだ」「こうすればいい」ということを十分に議論させ、その議論を公平に採決するところが重職たる者の職務。
・さして害のないことは、それぞれの役目の者の言うことを用いた方が良い。そうするとその役目にある者は、自分の考えが通るから、「気乗り能き様に」了解し、賛成を得ることになって、誠に調子が良い。
・アラを探したら、アラのない人間はいない。用うべき人間はなくなってしまう。
・プラスを奨励し、マイナスを補わせる。
③時世につれて動かすべきを動かす
・習慣、慣習というものは祖先の法と違って時には変わる、変えるということがあって良い。
・時勢というのは大きな変化だから、変化につれて変化すべきものを変化させる、動かすべきものを動かさなければ大勢(たいせい)は立たない。
④「きまり」にこだわらない
・「家法の例格」:憲法的な決まり
・「仕癖の例格」:因襲の決まり
・前々からのしきたり、法則、決まりを調べて、それが今日に適合されるかどうかを考える。
・時の宜しきを得ない、時が変わってしまって適応できないことに拘泥してはならん。
・自分の独自の案、自主的な案というものを持たないで、まず先例古格、しきたり、仕癖というようなものから入る。これは今頃の役人共通の病気。
⑤機に応ずるということ
・人間することなすこと、そこからいろいろの問題が生ずる。その機に応ずることが大切。
・いろいろな問題には、機というデリケートなものがある。これにピシピシと応じなければならない。
・注意しておると、あとどういうことが起こるかということが先に見える。
⑥「公平」を保つ
・公平ということを失えば、良いことも行えない。
・眼の届かないところがないように全体を観察して、そしてその真ん中を取るのがよろしい。
・問題の中に入って、隅々が見えなくなってしまうと危うい。
⑦知識・見識・胆識
・知識がいくらあっても見識というものにはならない。
・知識:ごく初歩、一番手近なもの
・見識:判断力
・胆識:行動力
⑧「世話敷と云わぬが能きなり」
・勤めが忙しいという口上は、重職として言ってはならないこと
・心に余裕がないと、こせこせと小さなことに心を奪われて、大問題、大事に心づかない、気づかない。
・使用:人間が人間を用いる
・任用:使用する人物に任せる
・信用:信じて任せる。
・任せて使うことができないと、重職は自然と忙しくなるもの。
⑨刑賞与奪の権
・刑賞与奪は、人に任せてはいけない。
⑩何を先に成し、何を後に成すか
・大勢(たいせい)もあり、小勢もあり、大事があり小事がある。それをしっかりと弁別する。間違ってはいけない。
・緩急先後の順序を間違ってはいけない。
⑪包容の心
・人間を包容しなければならん。そういう気象と物を蓄えること。それが大臣の本体と言わなければならない。
⑫私心、私欲があってはならない
・ちゃんとした一定の見識というものがあって、心に先入主、偏見を持たないで人の言うことを採用する。
・大変な勢で、がらりと転化しなければならないこともある。
⑬抑揚の勢
〜略〜
⑭手数を省くこと肝要
・なるべく簡易にするがいい。
・「省」は、1)省みる、2)省くの2つの意味がある。
・役人というのは、とかく無駄が多い。馴れて省みなくなる。ごたごたと仕事を複雑にする。そこで、省みて省かなければならないというので、役所の名前に「省」という字をつけた。
⑮風儀は上より起る
・癖のあるというのは始末が悪いもの。
・表と裏がある。見えないところがある。陰で何をするか分からないという難しみを去る。
⑯機事は密なるべけれども
・機事は、秘密でなければならない。
⑰人君の初政は、年に春のある如きものなり
・政治の初めにあたっては、年に春の季節があるようなもの。まず人心を一新して、意気が上がる。
・何を罰する、何を誉める、これも明白でなければならぬ。
・金がない、予算がないというところから、いたずらにあれもいかん、これもいかんという。厳しくしめ、寒々としただけの政治では、始終行き立たぬことになるだろう。
◯活学
・重要な職務に当たりますと知識を持つだけでは何にもならないので、知識に基づいて批判する、判断する、つまり見識を立てて、そうしてこれを実行しなければならない。
・このように先哲、先賢の言葉や行い、言行を知る、学ぶ、行う、これを『活学』というゆえん。
別に会社の社長や役員でなくても、人をまとめる立場にある人なら、誰でも当てはまること。身にしみて内省に至ります。瞬間瞬間を大事に過ごしていけばいくほど、ピンとくる内容だと思いました。本書を読んで「ふ〜ん」と思うか「じんじん」とくるか、感じ方そのものも自分の振り返りになる一冊でした。そして、書からの学びは、活学へと続きます。