安岡正篤 一日一言(監修:安岡正泰)
本書は、昭和を代表する陽明学者で、政財界のリーダーの啓発・教化に努められた著者の365の言葉を集めた名言集です。著者の書籍は好きで、多数拝読させていただきていますが、本書は、そのエッセンスもあり、また、一つ一つが短いのでとても読みやすいです。
(印象に残ったところ・・本書より)
◯人物の見分け方
・「大事・難事には担当を看る。逆境・順境には襟度を看る。臨喜・臨怒には涵養を看る。群行・群止には識見を看る」
⇨大事難事がおこったときは、人の担当力を看るだけではなく、自分自身がどう対処しうるかと内省する意味がある。襟は心、度は度量。
◯六中観
①忙中閑有り
忙中に掴んだものこそ本物の閑である
②苦中楽有り
苦中に掴んだ楽こそ本物の楽である。
③死中活有り
身を棄ててこそ浮かぶ瀬もあれ。
④壺中天有り
どんな逆境でも自分だけの内面工作は作れる。どんな壺中の天を持つか。
⑤意中人有り
心中に尊敬する人、相ゆるす人物を持つ。
⑥腹中書有り
身心を養い、経綸に役立つ学問をする。
・命(天命):自分がどういう素質能力を天から与えられておるか
・知命:命を知ること
・立命:知ってそれを完全に発揮していく、即ち自分を尽くすこと
・運命:後天的修養によっていかようにも変化せしめられるもの
◯運命の法則をつかむ
・運命は動いてやまないが、そこに自ずから法則(数)がある。
・その法則をつかむと、それに支配されないようになる。自主性が高まり、創造性に到達する。つまり自分で自分の「命」を生み、運んでいけるようになる。
◯独
・「独」というものは、絶対という意味。「独立」というものは何ら他に依存せず、自分自身が絶対的に立つということ。
◯「知」と「行」
・「知は行の始めなり。行は知の成るなり」という王陽明の説明がある。「知」というものは行いの始めである。「行」というものは「知」の完成である。これが一つの大きな循環関係をなす。
・本当に知れば知るほど、それは立派な行いになってくる。知が深くなれば行いがまた尊くなる。
◯利益と義理
・君子が説く利害は義理に本づく。小人が説く義理は利害による。人間に利害はつきもので君子も利害を説く。然し君子の説く利害は義理が根本である。
・義とは実践の法則であり、理とはその理由である。本当の利益というものは、義理にかなうものでなければならぬ。ところが世の中の利害というものは大抵義理に反して打算に走る。
◯自分を責めよ
・人間が何が悩みかというと、自分が自分を知らざることである。自分を論じ、自分を知るということは、実はこれが一番大事であるにも関わらず、なかなか難しいことである。人間はまず自分を責むべきであって、世の中や時代を責むべきではない。
◯ 人は環境を作る
・環境が人を作るということに捉われてしまえば、人間は単なる物、単なる機械になってしまう。人は環境を作るからして、そこに人間の人間たる所以がある。自由がある。
・即ち、主体性、創造性がある。だから人物が偉大であればあるほど、立派な環境を作る。人間ができないと環境に支配される。
◯本質と付属
・人間には、これあるによって初めて人間であるという本質的要素と、必ずしもそうでない付属的要素との2つがある。
・心が明るい、清い、汚れがない、人を愛する、人を助ける、人に報いる、精進する、忍耐する等々の徳性こそがその本質。
・智能や技能はあるに越したことはないが、付属的要素である。
・それよりもさらに大切なのは、良い習慣、習性を持つことである。
◯人物をみる八観法
①通ずれば其の礼する所を観る
すらすらうまく行きだしたときに、どういうものを尊重するかを観る。
②貴ければ其の進む所を観る
地位が上がるにつれ、其の登用する人間を見て人物がわかる。
③富めば其の養う所を観る
金ができると何を養い出すかを観る。
④聴けば其の行う所を観る
善いことを聞いたら、それを実行するかどうかを観る。
⑤習えば其の言う所を観る
習熟すれば其の人間の言う所を観る。
⑥止(いた)れば其の好む所を観る
「止」は板につくの意味。一人前に仕事ができるようになると、何を好むかを観る。
⑦窮すれば其の受けざる所を観る
貧乏したときに何を受けないかを観る。
⑧賤なれば其の為さざる所を観る
人間落ちぶれると何をするかわからない。だから為さない所を観る。
◯五悪
①仕事がよくできて、心険しい。
②行が偏向して、しかも頑固。
③言うことが実は偽で、しかも口が達者。
④くだらぬことばかり覚えて、しかも博識。
⑤悪勢力に附いて、しかもよく恩を売る。
◯五善
①人として常に何が善かを問う
②親しい仲を問う
③礼儀を尽くすことを問う
④政治の要を問う
⑤患難を問う
◯五美
①人を恵んで厭味なく、
②労して怨みず、
③欲して貪らず、
④泰(ゆた)かで驕らず、
⑤威あって猛(たけ)からず。
◯思考の3原則
①目先に捉われないで、できるだけ長い目で見ること
②物事の一面に捉われないで、できるだけ多面的に、でき得れば全面的に見ること
③何事によらず枝葉末節に捉われず、根本的に考える
◯自分
・あるものが独立して存在すると同時に、また全体の部分として存在する。
・自分の自の方は独自に存在する。自分の分の方は全体の部分である。
◯八休
①消し難きの味は食するを休(や)め。
②酬(むく)い難きの恩は受けるを休め。
③守り難きの財は積むを休め。
④釋(と)い難きの怒は較(あらそ)うを休め。
⑤得難き物は蓄えるを休め。
⑥久しくし難きの友は交わるを休め。
⑦雪(すす)ぎ敵の謗(そしり)は弁ずるを休め。
⑧再びし難きの時は失うを休め。
◯中
・現実の方へ行く人と、理想の方へ行く人。本当にこれが統一されて少しも危なげのないものを「中」という。中道は難しいというのはここでもわかる。
・相対するものを結んだその真ん中を「中」というと考えるが、それは「中」の一番幼稚な段階。矛盾撞着しているものを解決して高いところへ進める。これを「中」という。
◯十多の説(道教)
①思多ければ神(こころ)怠る。
②念多ければ志散る。
③欲多ければ智損ず。
④事多ければ形疲る。
⑤語多ければ気傷(やぶ)る。
⑥笑多ければ臓損ず。
⑦愁多ければ心懾(おそ)る。
⑧楽多ければ意溢(あふ)る。
⑨喜多ければ志昏(くら)し。
⑩怒多ければ百脈定まらず。
◯才と徳
・”才”という字は名詞では働き・能力の意味だが、副詞だと”わずかに”という意味になる。能力というものは非常に大事なものだが、それだけではわずかなものに過ぎない。
◯悟りとあきらめ
・五十の頃は知命の時候である。聖人に於いては悟りと云い、常人に於いてはあきらめと為す。
◯憂が人物をつくる
・人間は憂えなければ人物ができない。何の心配もなく平々凡々幸福に暮らしていたのでは、優という文字の真義からくる”優秀”とは言い難い。憂患を体験し、悩み抜いてきて初めて、人物も余裕も出てくる。
示唆に富んだ内容で、相当含蓄があります。内省本としてもいいかもしれません。本書の中で気になったところを深掘りして、著者の他の著書に入っていくのも自然な流れですね。