『中小企業論』(安田武彦他)
中小企業という大きな括りをどう学べば良いか?という問いに答えてくれる教科書的な一冊です。ライフサイクルに基づき、①中小企業の誕生、②発展・成長、③起業関連携・集積・クラスター、④経営者引退と事業承継・廃業、⑤オーナー経営者の引退とM&Aというテーマを中心にまとめられています。
(印象に残ったところ・・本書より)
◯中小企業の誕生
・開業・企業の意義
①競争の促進による生産性の向上
②イノベーションの活発化
③雇用の創出
④望ましい働き方の実現
・地域別の開業動向
①人口が増加(所得が拡大)する地域:経済要因
②失業率が高い地域:経済要因 →開廃業とも沖縄県がトップ
③大卒者や専門職が多い地域(人的資本要因)
→このうち失業率が高い地域で開業は活発であるという結果は、景気が悪いと仕事を求めて起業をする人が増える。つまりプッシュ効果がプル効果よりも強いことを意味する。
④製造業のウェイトが低い地域で開業が活発である。
◯中小企業の発展・成長
・企業にとって、成長することは必ずしも重要なことではない。実際に成長志向を持つ企業の方が少数派である。
・アンゾフの成長マトリックス(既存市場・新市場×既存製品・新製品の4象限)
(2017年版 中小企業白書より)
①新製品開発戦略を実施している中小企業:23.7%
②新市場開拓戦略:22.3%
③多角化戦略:16.0%
④事業転換戦略:4.9%
◯範囲の経済の追求
・範囲の経済とは、複数の事業を同時に運営する場合に得られる価値が、それぞれの事業が別々に運営される場合の価値の合計よりも大きくなることを意味する。相乗効果(シナジー)ともいう。
・範囲の経済の源泉は、
①活動の共有(規模の経済、学習効果、複数製品のパッケージ化、評判の活用)
②経営資源の共有
③財務(効率的な資金配分、リスク分散、節税効果)
◯成長企業の社会的な役割
①雇用を生み出す
②地域経済の活性化
③新市場の形成
◯中小企業の経営者引退と事業承継・廃業
・事業承継の3つのテーマ
①現役経営者の引退後における事業承継に対する考え方と事業承継の実態
→事業承継をしてもらいたいのか、一代限りにしたいのか、事業承継の相手は決まっているのか、現実はどうなのかなど。
②事業承継の承継後のパフォーマンスについての分析
③事業承継が日本経済にとってどのような意味を持つか
・後継者の確保の状況(日本政策金融公庫の調査結果)
→50代の経営者のうち、後継者が決まっている(後継者本人も承諾)「決定企業」は8.9%、70歳以上でも「決定企業」は18.6%にすぎない。
→「未定企業」は各年代で2割程度存在する。後継経営者を見つけることは経営者にとって容易ではない。
・廃業の実態
廃業の規模を見ると、『2019年版中小企業白書』によると、2012年〜16年間の中小企業(83.2万企業)のうち、小規模企業が占める割合は91.1%(75.8万企業)であり、全中小企業に占める小規模企業の割合(84.9%)よりも高い。規模の小さい企業ほど廃業している。
→撤退できるということは「小さいことの強み」とも言える。
→市場という高所から見た場合、市場の「自然淘汰機能」は正常に作用しており結果として効率的な企業のみが残っているという見方もできる。
・廃業率決定要因を見ると、製造業についてのこれまでの報告から、①最小効率規模が大きい業種ほど、②成長率が高い業種ほど、廃業率が有意に低くなることがわかっている。新規参入障壁に守れれた非成長産業ではやはり、廃業は少ない。
・企業年齢(業歴)別にみると10年未満の企業が27.4%を締めており(東京商工リサーチ「2019年休廃業・解散」動向調査)、比較的若い企業が廃業しやすいという結果になっている。
経営者というよりは、経営者を支援する方々が統計データも押さえながら、中小企業の特徴を理解するという意味で、テキストの存在は役立つと思います。一方、その先の実務レベルの支援では、コミュニケーションと戦略や各種施策といった具体論が必要になり、ここはここで別に深めていく必要があると思います。