『人生の五計』(安岡正篤)(◯)
宋の朱新仲の教訓である「人生の五計」(生計、身計、家計、老計、死計)人生に対する五計も曖昧ななま、哲学も芸術性もなければ、せっかく築き上げてきた文明社会も通則に従って没落すする。それは相対性どうりによっても明らかなように、いつの日か没落していくものである。ともかく、「急がば回れ」で人間の性命の根本はこの「人生の五計」であることを肝に命じて生きていってほしいとする著者の「人生の五計」に関する講話です。
(印象に残ったところ・・本書より)
◯五計
①生計:いかに生くべきか。人間の本質的な生き方。
②身計:いかに社会に対処していくべきか。社会生活における価値観。
③家計:いかに家庭を営んでいくべきか。一家の維持。
④老計:いかに年をとるべきか。老ゆる計りごと。
⑤死計:いかに死すべきか。死生一如の死生観。
◯生計
①日用心法
・何よりも起居、寝る、居る、すなわち暮らす、その間に飲食すると、いわゆる起居、あるいは起臥(きが)、飲食、そのほか日常卑近の生活、思想、行動というものに、まずそくさなければならない。日用というのは、毎日毎日作用する、働く、その心掛けの法則。
②朝こそすべて
・生活立法の原則(清末の偉人曽国藩)
1)静坐
2)早起
3)読書不二
4)作字
◯身計
①師恩友益
・一番大切なことは「師」と「友」である。師友によらなければ、いかに天稟(てんびん)に恵まれておっても独力ではいかん。むしろ天稟に恵まれておればおるほど、師恩友益を必要とする。
②益三(論語より)
1)「直きを友とする」
2)「諒を友とする」
3)「他聞を友とする」
⇨「直」も「諒」もいずれも「まこと」という意味。「諒」というまことは「もっとも」と頷けるまことを意味する。「多聞」は、道を聞く、真理を聞く、教えを聞く。そこまで立ち入らずとも諒と同じことであって、何かにつけて色々と多く我々が諒とする、心を傾け、頷くような教養を多く持っておるということ。
③損三(論語より)
1)便辟(べんへき):何か偏っている、一理あるけど癖がある。
2)善柔(ぜんじゅう):芯がない、骨がない、気骨がない
3)便佞(べんねい):人の気にいるように真心を偽って、心にもなく調子を合わせる、うまいことを言う。
④邪交
1)勢交:その時世に勢力のある人間との交際
2)賄交:いろいろ賄賂を贈ったり、寄付したり、そういう関係で仲良しになる。
3)談交:言論の交わり、マスコミに騒がれているタレントなどとの交際。
4)量交:その時世の勢力の度合いなどを量って交際する。
5)窮交:自分の困窮した時に助けてくれるような人との交際を求めること。
◯家計
①父母憲章
1)父母はその子供の自ずからなる敬愛の的であることを本義とする。
2)家庭は人間教育の素地である。子供の正しい特性と良い習慣を養うことが、学校に入れる前の大切な問題である。
3)父母はその子供のために、学校に限らず、良き師・友を選んで、これに就けることを心がけねばならぬ。
4)父母は随時祖宗の祭を行い、子供に永遠の生命に参ずることを知らせる心掛けが大切である。
5)父母は物質的・功利的な欲望や成功の話に過度の関心を示さず、親戚交友の陰口を慎み、淡々として、もっぱら平和と勤勉の家風を作らねばならぬ。
6)父母は子供の持つ諸種の能力に注意し、特にその隠れた特質を発見し、啓発することに努めねばならぬ。
7)人世万事、喜怒哀楽の中に存する。父母は常に家庭に在ってもっとも感情の陶冶を重んぜねばならぬ。
◯老計
①『淮南子』
・「行年五十にして、四十九の非を知り」の後に、「六十二して六十化す」とある。
これは、六十になっても、六十二なっただけで変化するという意味。人間は生きている限り、年をとればとるほどよく変わっていかなければならぬということ。
◯死計
・「死計」とは即「生計」。初めの「生計」はもっぱら生理的な生計であって、一方、「老計」を通ってきた「死計」というものは、もっと精神的な、もっと霊的な生き方。つまり不朽不滅に生きる、永遠に生きる計りごとであり、いわゆる生とか死とかいうものを超越した死に方、生き方、これが本当の「死計」。
・要するに人生には、「生計」「身計」「家計」「老計」「死計」とあり、この五計が順ぐりに回って、元に戻る。このようにして無限に人生、人間というものが発展していく。これ、すなわち「人生の五計」。
含蓄のある深い内容で、簡単に書評などかける感じでもありませんが、大切な考えるべき観点をもらった感じで、生き方を考える際のヒントになると思います。あまり考えすぎずに生きた方が楽で幸せかもしれないし、どこまで突っ込んで考えるのか、難しいところですね。あるべき論と自分ごとで考えた場合と、ギャップが生じることもあってしかるべしだなと思いました。そういう意味では、今の私はそこまで突き詰めて考えられていないし、まだその状態ではないのかなと思ったりします。また、そのうち変わるかな。