『瞑想の道』(OSHO)(◯)
今年のBEST5入り濃厚な一冊。瞑想経験者向けの瞑想の心構えについて書かれた一冊です。私の師匠である平本あきおさんの「瞑想の師匠」OSHO(バグワン・シュリ・ラジニーシ)は、20世紀のインドの思想家であり覚者。講話録650冊以上、世界50カ国以上で翻訳されるなどその功績、偉大さは計り知れません。本書は、3日間の瞑想セミナーの講義録。真理の探求において身体、思考、感情の3つの観点から、浄化法と本質、それを日々の生活の中でいかに調和させるかを実践的、細部にわたって指し示した瞑想実践の書です。とてもわかりやすい内容で、瞑想と在り方の探究意欲がそそられ、10冊ほど追加注文し、さらにもう10冊くらい発注予定というくらいOSHOのことを知りたと思いました。
【本書の学び】
①最初の一歩が楽天的に始まると、最後の一歩も楽天的に終わる。
②全ての感情はエネルギー。身体のエネルギーは創造的に使うこと。
③欲望に動機付けられた行動には目標があり束縛がある。愛や慈悲に動機付けられた行動には目標がなく束縛を生まない。
④瞑想の土台作りには、身体の浄化、思考の浄化、感情の浄化が必要
⑤訓練を通じて、身体も思考も感情も消え、残ったものが瞑想
⑥過去に縛られているなら、何をしようと意味がない。過去の行為に縛られないなら、今何をしようと明日は縛られることがない。あらゆる過去の条件付けを洗い流すことは一人ひとりの手の内にある。
(印象に残ったところ・・本書より)
◯真理の探究
・真理を知ることは、それを真摯に求めることほど重要ではない。
・好奇心は人をどこにも連れていかない。必要なのは自由への本質的な渇き。
・誰もがこう自問しなければならない。「私は真理を知りたいのだろうか」
・最後の一歩を満足と成果のあるものにしたければ、はじめの一歩を楽天的に踏み出すこと。
・楽天的でいることは基本的な必要条件。悲観的になることは自分を侮辱すること。
・人が常に不幸なのは、自分の持てるものを忘れ、手に入らないものを得ようとするから。自分の持てるものを理解し、それを元に生きる人間になりなさい。
◯沈黙
・おしゃべりは今世紀最大の不幸のもと。絶え間なく喋る習慣をやめることに意識的でありなさい。生の真理とは、群衆の中で過ごしていてはわからない。群衆の中で意義ある体験が起こった試しはない。
◯身体から始める
・まずなすべき最も重要なことは、周囲の全てを観察すること。これがより高い次元の真理への渇きを生む。
・瞑想への第一歩は身体から始める。自分の身体に対する否定的な思いは全て捨てなさい。身体は単なる手段であり、道具だ。まずこの道具の調子を整えないと先には進めない。
・週に一度、30分だけ部屋に閉じこもり、自分の身体にやりたいことをなんでもやらせること。不調を蓄積せず、解き放つ方法を見つけること。
・エネルギーは常に中立的。怒りによって生じたエネルギーそのものは、破壊的ではない。怒りという形で現れるから破壊的なのだ。内側に強い借りがあるときは、できるだけ自分の脚の筋肉を収縮させなさい。硬直させ、できるだけキツく伸ばす。これ以上は無理だと思ったら、突然緩めなさい。あなたは怒りが消え去ってしまったのに気づき、驚くだろう。
◯マインドを理解する
・思考を浄化する基本は、自分の思考の主要な焦点は何かを観察すること。真・善・美の一つの側面でも活性化したら、他の2つは自ずと活性化する。
・思考は全て外側からやってくる。内側にはこの思考のための種子がある。
◯感情を理解する
・感情が純粋になりうる4つの局面。この4つの対立的な局面に生と感情がある者は、不純な感情の状態にある。
①友愛(↔︎憎しみ・敵意)
②慈悲(↔︎冷酷さ、暴力、不親切)
③快活さ(↔︎悲しみ、惨めさ、苦悩、不安)
④感謝(↔︎恩知らず)
・まず自分の身体に感謝しなさい。自分の身体に感謝する人だけが、他人の身体にも感謝できる。自分の身体に愛情を持てる人だけが、他人の身体を愛することができる。
◯身体と魂:科学と宗教
・科学とは、物質の内部に秘められた力を探る学問の一種。宗教とは、意識の内側に秘められた力を探る叡智の一種。宗教と科学の間には何も対立はない。科学は便利さを提供し、宗教は安らぎをもたらす。
・聡明な者は中庸にとどまり、無知な者は極端へと走る。無知の特徴は、①自分のことを身体だけであると考えているかどうか、②それと同じくらいに、自分のことを魂だけと考えているかどうか。
・愛には、「あなたは誰を愛しているのか」というような特定の人に対するものと、「あなたの内側に、愛は存在するのか」という相手をは問題ではなくただ愛を感じるものがある。理解すべきは第二の境地。そこに誰かがいることを必要とせず、ただ愛する人だけが真に愛する。特定の人を愛する人は、他の人に何をするだろう?彼は他の全ての人に対して、憎しみに溢れる。
・対象なしに意識だけが残る時、その境地が瞑想と呼ばれる。
◯意識の光
・瞑想の基本となる土台は、身体や思考や感情を浄化し、それらの真の本質を体験すること。第一段階は浄化。第二段階は「空」。
・自分が身体であるという感覚を落とすことが身体の空。空腹を感じたら、あなたが空腹なのか、あなたの身体が空腹で、あなたはただそれを観照しているのかを気づきを持って見つめなさい。身体を観察しなさい。
・思考からの自由は、意識を通って流れる、思考の流れの傍観者になりなさい。思考が流れていくのを見守っている者は思考から離れており、それとは違うことを理解できる。瞑想者は内側に思考と観照という、二つの並行する流れを携えている。
◯真理
・究極の真理には言葉がない。真理を知った人々は、言語を通して知ったのではなく、沈黙を通して知った。つまり、真理を体験したとき、彼らは完全に沈黙していた。真理は言葉で表現するすべがない。
・過去の行為に縛られないなら、今何をしようと明日は縛られることはない。完全に過去の行為に縛られているなら、何をしよと意味はない。なぜなら人は何もできず、完全に縛られているから。完全に自由であるなら、何かを為すことに意味はない。何をしようと明日はそれから自由であり、過去の行為は自分に影響を及ぼさないから。
講話がそのまま本になり、その講話は何を読み上げるのでもなく、心から湧いてくることを参加者に語ったもの。その奥深さ、整理され体系立てられた内容。まだOSHOの本は1冊目ですが、本質的な何かを感じます。