『空海入門』(加藤精一)(◯)
空海の生涯、著書の全体像をつかむのにとても読みやすい内容でした。空海自身の書いたもの及びその時代の信ずるに足りる資料だけを用い、いわゆる大師信仰とは異なる人間空海へのアプローチが試みられています。角川ソフィア文庫の宗教・思想シリーズは入門編として品揃えといい内容といいとても読みやすいおすすめシリーズです。これから本格的に空海の著書を読んでいこうと思っているので、読書効率化の意味からも全体像を把握しておく価値のある一冊でした。
【本書の学び】
①一見バラバラに見える多くの価値は、実は共通の帰着点に進んでいくのだから、決してバラバラではなく、統一の取れた様相を呈している。
②「高い目線に向かい謙虚に反省すること」と「自信を持って強く生きていくこと」とは正反対のように見えるが、裏腹の違いに過ぎない。
③人間の生活と言葉及び文章とは極めて重要な意味で結ばれている。
(印象に残ったところ・・本書より)
◯著書の全容
・空海の思想を考えるとき、最も重要なことは、その思索の成果が、24歳で著した『三教指帰』から出発し、57歳で著した『秘蔵宝鑰』で完結しているということ。
①『弁顕密二教論』
中国から帰国して間もない頃の著作。密教と顕教の二教を対比し、密教が顕教を含み持っている、つまり他の一切の教えは、真言密教の一部を形成しているに過ぎないという、密教の広さと深さの優位性を主張する。
②『即身成仏義』
真言密教の教主である法身大日如来は、いかなる仏身なのか、一般の人間とどのように関わっているのかを明らかにした重要著作。
③『声字実相義』
重要な文字や言語を材料にして、法身大日如来の受け止め方、その実在性を主張。空海は、言語とか文章を極めて重視し、言語や文章を離れては、いかなる教えも人生も成り立たないという強い信念を持っている。
④『吽字義』
サンスクリット語の吽の字が「あ・か・う・ま」の四文字で合成されていることを応用して、それをさらに無限に拡張し、吽の一字の中に全ての教・理・行・果が含まれていることを述べる。
⑤『般若心経秘鍵』
『般若心経』を題材にして、真言密教の立場からまったく独創的に解釈したもの。真言密教を仏教界全般に浸透させるための重要著作。
⑥『秘密曼荼羅十住心論』
題に秘密曼荼羅とつくように、世の思想や宗教や価値観を心のあり方に置き換えて十種に大別し、その一々を発展の階段に並べ位置付け、さらにこれらの生き方すべてが金剛界と胎蔵法という二種の曼荼羅におさまることを証明し、ひいては、それらすべてが曼荼羅の中央の大日如来の心に帰着することを述べた。
相承の経過とそれぞれの相承者の経歴を述べたもので、宗教的にはもちろん、歴史的にも重要な意味がある。
⑧『御請来目録』
唐から持ち帰った仏典216部461巻や曼荼羅、法具などの総合リストであって、それらが整然と分類されており、空海の教学構成の緻密さを示している。
⑨『文鏡秘府論』
⑩『文筆眼心抄』
『文鏡秘府論』の略本。
⑪『篆隷(てんれい)万象名義』
わが国最初の書体辞典。
⑫『性霊集』
空海の書いた詩文・碑文・手紙などを集めたものを弟子の真斉がまとめたもの。
⑬『高野雑筆集』
空海の74篇の手紙を収めたもの。
◯『三教指帰』
・4人の登場人物による物語形式。
①本能のままに生きる蛭牙公子(しつがこうし)
②道徳を重んずることを主張する亀毛(きもう)先生
③天上の幸福を説く虚亡隠士(きょぶいんじ)
④全てを統一する仏道を主張する仮名乞児(かめいこつじ)
◯『秘蔵宝鑰』
・十箇の住心をあげて当時のあらゆる人々の価値観を観察し、それぞれに地位を与え、最後にそれらすべては真言密教の一部を構成するものであって、すべては真言密教によって統一される。
・人間の心のあり方を住心という。
・全く無反省な、食欲と性欲のままに生きる人生を第一住心に据える。
・第二住心は、良い縁に遇えば他人のために食欲を押さえて節食を実行し、他にほどこす(持斎)気持ちが起こる。
・第三住心は、道徳や倫理に満足できなくなると、人の心は、天上の神を仰ぐことを望み始める。
・第四住心は、声聞乗(仏陀の教えを聞いて修行し阿羅漢(尊敬・施しを受けるに値する聖者)になる、仏弟子になることを目指す教え)
・第五住心は、縁覚乗(師を持たず一人または数名で山林に修行し、何かの事象を縁として仏教の教えを覚り、同じく阿羅漢の位に昇ことを目指す教え)
・第十住心は、真言密教(究極の教え)
書物がたくさんあり、どこから手をつけていいのかわからない空海の世界。迷子にならないように、本書のような全体をさらっと俯瞰した書籍から入って、深掘りする場所を探していくのは著書が多い方の本を読む際の王道かと思います。私の場合は、まずは、空海が24歳の時に著した 『三教指帰』から各論に入っていこうかなと思っています。