空海コレクション1(監修:宮坂宥勝)
本書は、空海の著書をまとめた4冊シリーズの1冊。『秘蔵宝鑰』『弁顕密二教論』の2冊が収録されています。『秘蔵宝鑰』は顕教と密教では次元が異なるとして両者の非連続性が明らかにされ、『弁顕密二教論』では全仏教を顕密の二教に分類して密教の特徴が明らかにされています。
【本書の学び】
①儒教で説く五常、仏教で説く五戒・十善に目覚めるのが人倫の始まり
③五戒とは、不殺生、不偸盗、不邪婬、不妄語、不飲酒
④十善とは、不殺生、不偸盗、不邪婬、不妄語、不両舌、不悪口、不綺語、不貪欲、不瞋恚(ふしんい)、不邪見
(印象に残ったところ・・本書より)
◯『秘蔵宝鑰』
・十住体系
①異生羝羊心(いしょうていようしん)
無知な者は迷って、我が迷いを悟っていない。雄羊のように、ただ性と食とのことを想い続けるだけである。
②愚童持斎心(ぐどうじさいしん)
他の縁によって、たちまちに節食を思う。他の者に与える心が芽生えるのは、穀物が播かれて発芽するようなものである。
③嬰童無畏心(ようどうむいしん)
天上の世界に生まれて、しばらく復活することができる。それはおさな児や子牛が母にしたがうようなもので、一時の安らぎにすぎない。
④唯蘊無我心(ゆいうんむがしん)
ただ物のみが実在することを知って、個体存在の実在を否定する。教えを聞いて悟る者の説は、すべてこのようなものである。
⑤抜業因種心(ばつごういんじゅしん)
一切は因縁よりなることを体得して、無知のものも取り除く。このようにして迷いの世界を除いて、ただ一人、悟りの世界を得る。
⑥他縁大乗心(たえんだいじょうしん)
一切衆生に対して計らいない愛の心を起こすことによって、大なる慈愛が初めて生ずる。すべてのものを幻影と観じて、ただ心の働きのみが実在であるとする。
⑦覚心不生心(かくしんふしょうしん)
あらゆる現象の実在を否定することによって実在に対する迷妄を断ち切り、ひたすら空を観ずれば、心は静まって何らの相(すがた)なく安楽である。
⑧一道無為心(いちどうむいしん)
現象は分け隔てなく清浄であって、認識における主観も客観も共に合一している。そのような心の本性を知るものを称して、仏(報身としての大日如来)というのである。
⑨極無自性心(ごくむじしょうしん)
水にはそれ自体の定まった性はない。風にあって波が立つだけである。悟りの世界はこの段階が究極ではないという戒めによってさらに進む。
⑩秘密荘厳心(ひみつしょうごんしん)
密教以外の一般仏教は塵を払うだけで、真言密教は庫の扉を開く。そこで庫の中の宝はたちまちにあらゆる価値が実現されるのである。
◯『弁顕密二教論』
・造論の趣意
もし浅い顕教の教えの網に引っかかって、より深い教えである密教に入ろうとしない者は、あたかも雄羊が垣根につっかえて進めないようなものであり、また、旅人が仮の関所に塞がれて、税金で難渋しているようなものである。
(中略)
ある人が質問する。昔から仏法を伝えてきた先師たちは、色々と論書を著して、倶舎・成実・法相・三論・律・華厳の六宗を生み出し、経・律・論の三蔵を説き明かした。その巻数は大きな家屋に収まらないほどあり、これを調べるだけでも容易ではない。それなのに、わざわざ苦労してまで新しくこの論書を造る意図はなんであるか。
答えていう。数多くの新しい主張があるからこそ、(この論を)造るのである。先師たちが伝えてきたものは、すべて顕教に属するものであるが、今ここに、私が示そうとする教説は密教である。多くの人たちは、まだ密教を理解していない。だからこそ、弓で鳥を射取り、釣りで魚を捉えるように、経典・論書の要義を選んで、一つの理解の手本とするのである。
・法身説法の可否
文章は読む人の側に自分の心に固執して離れない見解があれば、せっかくの文章の真意は隠れてしまうのであって、真理の教えは素直に応じて現れるものである。
・華厳宗論章の説
論していう。『十地経論』及び『五教章』に説くところの、真理は説くことができないとする文と、かの龍猛菩薩の唯一絶対なる最高の教え「不二摩訶衍」のまさに完全な真理は説くことができないとする主張とは、まったく同じ主旨である。修行の段階は説くことができるとは、顕教の範囲である。仏の境地は説くことができないとは、密教の本来の領域である。何を持ってそう言えるのかというと、『金剛頂経』に明らかに説いているためである。
一つひとつの節が難しいので、マイペースにゆっくり理解していくのがいいなと思います。随所に出てくる「語釈」がまた深い。漢数字が出てくる表現(五常など)について、まずは掘り下げたいなぁと思います。これは、コンパクトに要点が詰まっているので、本質理解に役立つと思います。