MBA男子の勝手に読書ログ

グロービス経営大学院を卒業したMBA生の書評と雑感。経営に関する基本書、実務書のほか、金融、経済、歴史、人間力、マネジメント力、コミュニケーション力、コーチング、カウンセリング、自己啓発本、ビジネススキル、哲学・思想など、幅広い教養を身につけ、人間性を磨く観点で選書しています。

天才(石原慎太郎)

『天才』(石原慎太郎)(◯)

 田中角栄氏(1918〜1993)の生涯を綴った一冊。本書の概要については、裏表紙の紹介文を掲載します。「高等小学校卒ながら類まれなる金銭感覚と人心掌握術を武器に年若くして政界の要職を歴任。ついには日本列島改造論を引っ提げて総理大臣にまで伸し上がった田中角栄。「今太閤」「庶民宰相」と称され、国民の絶大な支持を得た男の知られざる素顔とは?田中の金権政治を批判する急先鋒であった著者が、万感の思いを込めて描く希代の政治家の生涯」。生き様が伝わってくる良書だと思います。

 

(印象に残ったところ・・本書より)

◯ドモリ

・2歳の時、重いジフテリアにかかり高熱を出して危うく死ぬところだった。そしてその後遺症でドモリになってしまった。そのせいでよく苛められ、その度相手に殴りかかったりして弱いくせに手は早かった。ドモリには苦労したが、ある時あることがきっかけでこれが治った。俺はドモリでないんだと自らに言い聞かせ、山奥に行っては大声で叫ぶ練習をすることにしたのだ。

 

◯父親

・俺の父親というものが博労でともかく馬好きの道楽者。俺が六年生の頃、親父は二、三頭の馬を持ってあちこちの地方競馬を回って滅多に家に戻ることがなかった。本命だった馬がレースの途中で怪我をしてしまい、親父から家に電報で支給に五、六十円の金を送れと言ってきた。にわかにそんな大金を作るあてもなく親戚の富裕な材木屋に借金を申し込むことになった。

・金の貸し借りというものが人間の運命を変える、だけではなしに、人間の値打ちまで決めかねないとその時悟らされたような気がした。以来、俺は人から借金を申し込まれたらできないと思った時はきっぱりと断る、貸す時は渡す金は返ってこなくてもいいという気持ちで何も言わずに渡すことにしてきた。その流儀は今でも変わりはしない。手元を離れた金はもう一切俺には関わりがないということだ。

 

◯土方

・土方になって毎日朝から夕方までトロッコを押して暮らしていた。しかしあれは実に得がたい経験だった。なんだろう土方というこの世で一番末端の仕事をしている人間たちの力こそが、この世の中を結果として大きく変えていくのだという実感があった。

・その頃柏崎に県土の土木は県事務所があり職員を一人募集していた。一ヶ月足らずして思いがけず採用の通知が来たのだ。驚いたのは村の土木工事をしていた業者の監督たちだった。今までトロッコを押していていた若造が工事現場の監督になってしまったのだから。立場がガラリと変わっての平身低頭となった。その時俺が悟ったのはこの世の中の仕組みなるものについてだった。金も含めて、この世を全て仕切っているのは、大なり小なりお上、役人たちが作っているたての仕組みなのだ。

 

◯最初の子供

・最初の子供、正法が5歳の時引いた風邪をこじらせて肺炎を起こしてあっけなく亡くなってしまったのだ。この今になればなるほど思い出す度、あの子には何もしてやれず死なしてしまったような深い悔いがこみ上げてくる。あの子があのまま育ってくれたなら俺の人生も多分もっと違うものになっていたに違いないが。

 

◯事業

・昭和17,18,19の3年間は俺にとって画期的な年となった。第一に今までの個人企業を田中土建工業株式会社に変更し、年間の施工実績では全国の50社のうちに数えられるようにまで育てた。俺が請け負った仕事は、工事の総額費用だけでも当時の金で2000万円を超し、人夫の延べ人数は37万人というべらぼうなもので、当時の俺の若さで日本中であれだけの仕事を任された者は他にいなかっただろう。

 

◯国会対策委員

・初戦この世は互いの利益の軋轢で、それを解決するのは結局互いの利益の確保、金次第ということだった。それから俺がそんな場で痛感したのは、何か新しい法案について話し合うとき、それに関わるだろう国民の立場への斟酌が彼らには全く欠けていることだった。俺はいつもその案件について最低の立場に置かれているだろう国民の立場を考えてものを言ってきた。議員同士の議論の時、俺は昔土方をしてトロッコを押していたときのことを思い出してものを言ってやった。そうした現場感覚に俺のような過去の体験を持たぬものが太刀打ちできはしなかった。議論の中で俺は臆面もなく俺自身の過去、そうした最低辺の体験を披瀝して自説を言い立ててやった。だから土方の体験のない奴らは到底俺の言い分には太刀打ちできなった。

 

◯政治家

・政治家には先の見通し、先見性こそが何よりも大切なので、未開の土地、あるいは傾きかけている業界、企業に目をつけ、その将来の可能性を見越して政治の力でそれを梃入れし、それを育て再生させるという仕事こそ政治の本分なのだ。

・俺は土方までして世の中の底辺を知っているし体得もしている。それこそが俺の本分であり、他の連中が持ち得ぬ俺の底力なのだ。そのつもりで俺もこれから政治を手がけていこう。

 

「文藝春秋」の論文と娘の自殺未遂

・俺の秘書と愛人を兼ねている佐藤昭のことを暴いた文章は、俺たちのプライバシーに踏み込んだえげつないもので、立花のものよりもこちらの方が世間の耳目を集めることになった。

・俺たちの娘の敦子がリストカットを繰り返し、飛び降り自殺未遂までして、愕然とさせられた。それを眺めて、俺は即座に血を分けた子供を救うために総理の座を投げ出すことに決めたのだ。はるか昔、妻との間にできた長男をわずか5歳で失った時のショックを思い出してもいた。あの後、折節にあの子がまだ生きていたならと何度思ったことだろうか。その辛さに比べれば総理の座なんぞ軽いものだと切に思った。

 

 人間味溢れる人柄がありありと描写されており、田中角栄氏の生き様とそれを表現する著者の文章力に引き込まれる一冊でした。今月末に田中角栄氏の読書会を開催するので、本書を読んでみたのですが、田中角栄氏の生き様を意見交換するのは、今からとても楽しみになってきました。

天才 (幻冬舎文庫)

天才 (幻冬舎文庫)

 

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